今年も防災訓練の時期がやって来ました。わがでは昨年より高齢化が進み、防災訓練に参加する人は組長の私ただ一人です。
他の組も同じく、いや、組長でも出られない組が出てきてしまいました。
毎年のことですが、の広場に集まって避難場に指定された小学校へ。
そこでは、市や町の偉いさんの話と、消防車のちょっとした訓練があるだけで、後は食べられるように加熱した非常食が配られ家に持ち帰って食べるだけです。
これが、毎年の訓練なんです。こんな事で良しとする訓練は止め、内で身近な訓練が出来ないものでしょうか。
70歳以上者が64%と言うこのです、もっと実質的な訓練を市などの関係者に再考をお願いしたいものです。ただ毎年の恒例行事では無く。
想定外、実は想定していた。なんとまー、お粗末というか国民をバカにするのも甚だしい。政府が政府(旧政府も)なら、これほどバカにされていても平気の平左とは。
「想定を超える未曾有の津波」「今回の津波の大きさは想定できませんでした」、だれがこんな発言を「やらせた」んでしょうか?。
明治三陸沖地震で最大15.7メートル(1896年)が来ると想定していたのでした。この事は東電の幹部なら全員知っていたのだそうです。
知っていながら、自分たちで作り上げた、「どんな地震が来てもビクともしない」という安全神話に縛り付けマインドコントロールされていたというのです。
こんな人たちに日本の電力を任せてきた、いや、一緒になって進めてきた人たちは、今でも安全だと言い張り、ヨルダンとの原子力協定を承認しようとまでした居たのですよ。
日本共産党だけが、危険な原発を輸出することは国際的信用を失うと批判してきました。その結果、当面今国会では承認できませんでしたが。
いつまで経ったら「安全神話」から目を覚ますことが出来るのでしょうか。自分たちで作った神話はからは目を覚ますことが出来ないんでしょうね。太平洋戦争を起こし「神風が吹くから大丈夫」と国民に信じ込ませた人たちと同じなんでしょう。
目を覚まさせるには、国民の大きな、大きな声が必要なんです。脱原発の声を!
アナログからチデジになって1ヶ月が経ちました。我が家ではテレビは今までのアナログテレビにチューナーを付けて見ていますが、これがなんとユニークというかドラマなどを見ていると「エッ、この人こんなに細かった」「ナガ-イ顔だねー」、みんな面長の美男、美女ばかり。
まっ、それは良いものの、あちこちのボタンを押すと、番組表が出てきたり、放送中の料理番組の献立が出てきたり、天気予報まで出て来る始末。挙げ句の果てに今見ていた番組に戻ることが出来なくなります。
便利なのか?ややこしくなったのか?。私のような**才を超えた若者には使いこなせません。 以前のような単純なのが一番性に合っていますね。
天竜川 川下り船の事故で、事故時の訓練も転覆した際の救助手順などのマニュアルもなかったと言うことです。 国交省も総務省も救助手段も安全訓練もない企業に営業許可など与えることはしなで下さい。
特に、原発については厳しい訓練と、マニュアルとを国民の前に明確に公表すべきだと思います。 泊原発も福島原発事故の以前の点検項目で点検して、試運転して来て「大丈夫」と判断したみたいですが本当に大丈夫なんですか? 国民の前にこことここを点検したからと、その内容を公表してください。 院の御用学者だけでなく、国民の前にです。
知事も、どのような説明を受けたのか県民はもとより国民にその内容(ここと、あそこと、何カ所かを点検修理の結果安全でした)を公表してから、意見や質問に答えてから営業運転にOKを出してください。
天竜川 川下り船の事故で、事故時の訓練も転覆した際の救助手順などのマニュアルもなかったと言うことです。 国交省も総務省も救助手段も安全訓練もない企業に営業許可など与えることはしなで下さい。
特に、原発については厳しい訓練と、マニュアルとを国民の前に明確に公表すべきだと思います。 泊原発も福島原発事故の以前の点検項目で点検して、試運転して来て「大丈夫」と判断したみたいですが本当に大丈夫なんですか? 国民の前にこことここを点検したからと、その内容を公表してください。 院の御用学者だけでなく、国民の前にです。
知事も、どのような説明を受けたのか県民はもとより国民にその内容(ここと、あそこと、何カ所かを点検修理の結果安全でした)を公表してから、意見や質問に答えてから営業運転にOKを出してください。
北海道泊原発の営業運転が再開されようとしています。
この泊ま原発3号機の建設についても、1999年10月に北海道が行った同原発に関する意見募集で「賛成意見」を出すように北電の社員を通じて働きかけるよう「やらせ」をしていたことが判明しているとの事です。
建設の是非をめぐり、「意見を聞く会」に社員に「賛成」意見を集中するよう極秘文章で指示していたそうです。
「厳秘」と書かれた文書には「社内からの発言は行わない」と注意がした上で「主婦の立場から原子力は必要だと考えています」などとひな形まで準備されていたそうです。
当時の共産党道議の追求で「意見を聞く会」を中止し、北電社長が陳謝し延期になったと言うことです。
今回も道特別委員会で議論になっていましたが、知事は「住民の意見を聞く」と言って周辺の関係市町村長に意見を求めたそうです。
”泊原発は安全ですから、私の責任で運転再開をしたいので宜しく”って言ったかどうかは知りませんが、これが住民の意見なんでしょうか。
事故が起きたら知事さんが責任を取るのでしょうか?、取れないじゃないですか?「責任」っていったい何なんでしょう。
8月6日・9日、広島・長崎は66回目の原爆投下の日をむかえました。あの日広島では約14万人が長崎では7万4千人の人が一瞬の間に命を奪われました。
広島の山の上にアメリカの原爆傷害調査委員会略してABCCの建物が建っていました。ここは病院と違い、被爆者をモルモット扱いして原爆の効果を調べるところだったと言います。
原爆投下から1ヶ月たっ9月3日、アメリカのラジオ特派員が『死の町から戻ったばかりです。広島にはじめて入ったアメリカ人として・・・。恐ろしい光景。原爆症と呼ばれる症状で1日に100人の割合で亡くなっている』と報告していたそうです。
それから3日後の6日、アメリカの調査団長ファーレル准将が『死ぬべき物は死に、放射能のために苦しんでいる物はいない』。原爆は非人道兵器ではないと真実を隠し特派員の報道をうち消したそうです。
その後、さらに日本に核兵器を持ち込むために、核の「平和利用」を持てはやし、アメリカべったりの日本政府や資本家を使って現在まで原発政策を推し進めて来たのです。その結果が今度の福島原発事故に繋がったのではないでしょうか。
原発政策を進めてきた歴代政府や資本家は真摯にこのことを反省して、国民の声を重く受け止め原発に頼らない電力政策に切り替えて欲しいものです。
(「しんぶん赤旗、潮流より一部を抜粋さて頂きました。)
31日、最後の一人の集金できました。この奥さんは岩手に遠い親戚がありその親戚が酪農家で牛を沢山飼って居るんだそうです。
先の大震災では地震の被害は少し受けたようです。これから頑張ろうと思っていた矢先に放射能で汚染された稲わらを食べさせていたために牛が内部被爆して食肉としては流通できなくなったと。
「国が買い上げてくれるじゃないの」と言ったら「いつ金が入ってくるか、わからね、それに買い上げてくれたこの牛どうなるんだべ、まさか餌もくれずにほって置くわけにもいかね、毎日餌は与えねば何ね。この金はどうしてくれるだ、これから牛飼えなくなるだ」と嘆いていたそうです。
そして、じっちゃん(78)は毎日ご飯を食べながら「とんでもねーことしてくれた、地震だけならなんとかなったに・・・」と呟いている。「とても見てられね」とその息子が言っていると話してくれました。