雷とからっ風 義理人情! 上州かあちゃんの毎日

赤城おろしの冷たいからっ風にも、日本一暑い夏の日にもめげず
頑張る上州かあちゃんの日記です

甲州街道 2回 四谷~明大前  2022.10.16

2022-10-17 20:35:49 | 甲州街道
2022・10・16 晴れのち曇り
 
なにかに取り憑かれたように
毎週街道を歩いとります
 
今週は甲州街道2回目
四谷から明大前まで歩いてきました
 
6:50  家をでました
7:33  高崎線乗車
9:31  四ツ谷駅着
10:00 甲州街道2回目街道歩きスタート
 
30名の参加です
あっちにも、こっちにも
見覚えのあるお顔が・・・
 
東海道、中山道を一緒に歩いたことのある方が
いらっしゃいます
 
皆さん歩く中毒のアル中です
 
西年寺
 
家康の長男信康の菩提を弔うため
服部半蔵が開山した寺
 
寺の宝として
半蔵の槍が本堂にありました
 


徳川信康の供養塔

 
服部半蔵の墓

 
西念寺の反対側の
観音坂を下ります

 
10:35 戒行寺 
 
テレビ時代劇「鬼平犯科帳」の主人公鬼平の供養碑
鬼平犯科帳って見たことない
街道歩き始めてから時代劇みたいと思うけど
地上波では最近,時代劇放送してないです
 

戒行寺前の坂
 
なんだか坂道
登ったり下ったり・・・
 
都会の峠道・・・
昔は大変な道だったかも・・・
 


須賀神社
 
江戸時代より四谷の鎮守様
7・5・3のお参りの可愛い子たちが
いました
今も地元の大事な鎮守様


須賀神社の境内を下るとこの階段



ここ階段は映画「君の名は」の
ラストシーンで有名と説明されたが
街道歩きお仲間たち
ちょこっと年齢層高いので
あまり反応なし・・・笑笑
 
三郎に画像送ったら
あそこのシーンは四谷だったのかぁ~~って
階段の下からでなくて上から写真撮って来い・・・
とか言ってた
 
若者には君の名はの聖地・・・



東福院坂

 
11:00 愛染院
 
内藤新宿を開いた高松喜六の墓
江戸時代に活躍した全盲の学者塙保己一の墓
塙保己一の生誕の地は
いつも私が電車に乗る埼玉県本庄市です
 


長善寺 笹寺
 
笹寺の名称は三代将軍家光が鷹狩の際
立ち寄り周囲に笹が生い茂っていたためとの事
 
めのう観音像が秘仏
 

笹寺の境内にある
カエルの供養塔
 
実験などで使ったカエルを
供養するため建てられているそうです
 
カエルの解剖って中学生の頃
やったかなぁ~~
魚だったかな???

 
11:30 四谷大木戸跡
 
甲州街道出入り口の関門
道の両脇に石垣・高札場があった
 
大木戸は江戸城下町への入り口
見附は城門
 
現代も大木戸が地名として残っているのは
ここ四谷大木戸と高輪大木戸跡の2か所
 
高輪大木戸は東海道歩きの時に立ち寄っています
 

 
内藤新宿  日本橋より2里 
 
本陣 1
脇本陣 無し
旅篭 25軒
 
甲州街道1番目の宿は高井戸宿だったが
日本橋から16キロと遠かったため
浅草に住む名主高松喜六が幕府に願い出た
 
1699年に信州内藤家の屋敷や旗本朝倉家の屋敷の
一部を返上させ新しい宿場を作った
 
新宿って賑やかで、華やかで、楽しい所だけど
新しい宿場って意味だったのね
 
太宗寺
内藤家の菩提寺

門をくぐった右側に江戸六地蔵の三番目に建立された
銅造地蔵菩薩
 
江戸六地蔵は江戸の出入り口の6か所に
建てられています
 
東海道・中山道歩きの時も
それぞれ江戸を出る時
この坐像を見てきました
 
東海道は品川寺(品川区)
中山道は真性寺(豊島区)

 
太宗寺境内の塩かけ地蔵
 
なぜにこのようなお姿に・・・
どのような歴史があるのかはわからないそうですが
 
願掛けをして塩をいただいて帰り
叶ったら塩をお返しするとの事でした
 
 
キリシタン灯篭
 
隠れキリシタンが密かに礼拝したとされています
彫刻がマリア像を象徴しているそうです
 


追分
 
甲州街道と青梅街道の追分




新宿3丁目の交差点
ここが追分の元標が歩道に埋め込まれてました

 
江戸時代から続く
追分だんご本舗がありました
 
だんご・・・
食べたぁ~~い
30人の団体様で歩いてますのでね
寄り道はできません
 


12:00 天龍寺
この寺の門前に高札場があったそうです
 

 
天龍寺の境内の時の鐘
笠間城主から寄進されてオランダ製の時計を
見せていただきました
 
この時計をもとに時の鐘が鳴らされたとの事
ですが、鐘は登城する侍が遅刻しないように
30分前に鳴らされたそうです
そのため、遊女との別れも早められ
追い出しの鐘ともいわれていたそうです
 
今は時間をセットしておけばiPhoneのアラームが
バイバイする時間を教えてくれるよぉ~~


新宿駅南口
 
バスタ新宿前です
うえ~~この道路甲州街道だったのねぇ~~
恥ずかしながらかかあ天下さん知らんかったわぁ~~
バカだぁ~~
 
大きな荷物抱えて
花子のアパートに向かう時
群馬から高速バスに乗って
ここバスタ新宿に来てましたがねぇ~~
 
甲州街道横断してJRに乗ってたのね
 


玉川上水モニュメント
 
江戸城下の水不足を解消するために
作られた人口の水路
 
今はモニュメントのみ
 


箒銀杏天満宮
 
樹齢300年のほうきを逆さにしたような銀杏の木
昔は近くに玉川上水が流れていた
 
ビルとビルとの間によくぞ枯れずに300年って
感じよ・・・
 
今後も元気に育っておくれ・・・
 
 


正春寺
 
2代将軍秀忠の乳母初台局の娘がこの寺の開基
ここより少し先にある初台という地名は
初台局が住んだことからついた地名との事
 
 


13:00  オペラシティ
 
13時でやっとお昼ごはんです
気温があまり高くなく歩くには
丁度良い気温でしたが、
 
3時間の人の多い都会での街道歩きで
疲れました
 
リュックサック背負った変な30人ですが
人波に埋もれて
全然目立たない
 
前を歩く人を見失わないように
迷子にならないように
緊張の3時間でした
 
ハンバーグだけのちょっとお粗末な
昼食だったけれど
空腹を満たし疲れを取るには十分でした
 
昼食を取ったオペラシテイの中に
新宿区と渋谷区の境界が走っています
 



幡ヶ谷不動 (荘厳寺)
 
かつては幡ヶ谷村の鎮守であった幡ヶ谷氷川神社の別当寺
 
道標を兼ねた大きな常夜灯
甲州街道と山手通りが交差する付近にあり
道しるべの役割を果たしていたそうです

 
14:10 旗洗い池
 
後三年の役からの帰路
八幡太郎源義がここにあった池で
旗を洗ったという伝説がある
 
幡ヶ谷の地名の由来
 
この地の前のマンション「洗旗荘」だった
講師の先生が言ってましたが
こういった由来のある地を
残さないでという住民もいるそうです
 
開発への思いの方が強いのでしょうね
 
昔をしのぶことのできる地を保存し
残してゆくのは大変なことでしょうが
残して欲しいです
 
洗旗荘の住民の方
素敵なネーミングのマンションでよろしいわね
 


14:45 牛窪地蔵尊
 
このあたりは雨乞いの地であったそうです
 
牛窪地蔵は悪疫が流行したので子供の安泰を
祈願して建立されたそうです
 
こちらもビルとビルの間の
せま~~っちい所に埋もれてました
 
またここには処刑場があって
極悪人が馬裂の刑に処されたので
牛窪という名前がついたそうです
 
 
 
14:55  笹塚
 
街道の両側に
笹が茂った塚があったことからついた地名
 
笹の茂った塚が一里塚という説もあるそう
 
一里塚 江戸から3個目
 
 


代田橋跡
 
玉川上水緑道に上水の面影を
ほんの少し残すのみ
 


15:10 沖縄タウン
 
国道20号沿いの路地に沖縄タウンなるものが・・・
なぜにここにこのような路地があるのかは
わからないと先生も言ってました
 
朝ドラ「ちむどんどん」の鶴見は
昔、ブラジルに渡る沖縄の方々の
検疫が行われた地で
病気などで、ブラジルに渡れなかったかたが
鶴見に住むようになったって言ってました
 


右側に明治大学見えてきました
このあたりから高井戸宿に入ります
 
15:20
 
この日のゴールはここでした
甲州街道を歩く第2回、
四谷から明大前まで終了
 
15:30京王線 明大前から新宿経由で帰ってきました
 
家に着いたのは
18:30位だったかなぁ~~
 
 
 
 

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