朝方、激しい雨が降っていた。
お昼近くにはすっかり青空が望めた。
青い空を眺めながら、金沢八景に向かう京急の車中に居た。
私の坐っている座席の手すりに、透明なビニール傘が置かれていた。
車内はすいていて、私の周りに持ち主らしき人は見当たらない。
数人の学生さんが楽しそうに笑い転げていた。
金沢八景に到着するアナウンスが車内に流れ、私は席を立って
階段に最短のドアの隣の車両に歩を進めた。
「お母さん、これえ忘れてません」
笑い声の輪の中にいた青年が、ビニール傘を手にして急ぎ足で近づいてきた。
ドアが開いた。
「これ」青年は何のためらいもなく傘を差し出した。
「あっ、・・・、有難う」
何故か受け取ってしまった。
何でだろう、何で受け取ってしまったのか不思議だった。
でも、すぐに分かった。
青年の「お母さん」の呼びかけが心地よかったからなのだ。
きっと彼から見たら私は「おばあさん」でしょう。
やけに「お母さん」が新鮮に聞こえた。
私はその傘を改札の脇にそっと置いて、駅舎を後にした。
あのビニール傘は「天下の廻りもの」だと聞いたことが。
さて次はだれの手に。