明日は母の日。
娘からカーネーションをプレゼントされた。
もうイベントはいいと言ってあったのに。有り難うございました。
さて、私は自分の母に、最期にカーネーションを贈ったのはいつだろう?
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89歳で母は亡くなった。最後の5、6年は寝たきりだった。その前から認知の症状はかなり進み、介護に通う私を時折「お母さん」と呼んだ。
始めて「お母さん」と言われた時の私の驚きと切なさは言葉にならなかった。
長い間、母は常に母でいてくれた。その母が、母でなくなった・・・、
いつもいつも私を守っていてくれた母は、もう役目を終えた・・・、その現実にうろたえ、打ちひしがれた。
今、娘と、孫を傍らで見ながら、最近とみに「こんな時、母ならどうするだろう・・・」「母はどんな言葉を選ぶだろう」と思うことがよくある。
私は何を言っているのだ。今こそ母の、在りし日のその存在そのものが私の中に生きているではないか。現に、こんな風に母の言葉を探している、頼っている。役目を終えてなんていない。
今も、これからも「母」の足跡を、私は生ある限りたどっていく。