電車の中ではスマホでゲームをしている人が多い。
他の人は音楽を聞いてるか、読書など様々で偶に新聞を読む人もいる。
私は読書が多いが、朝は座れたら目を閉じている。
席が空く駅は降りる駅の3つ手前で、6分位ですぐ降りることになるから読書も落ち着かない。
その降りる駅から別の地下鉄に乗り換え、4分で会社の下車駅に着く。
その乗り換え駅でベンチに腰掛け、朝は10分位で切りの良い所まで読書する。
朝の電車が遅れた時には読書は出来ないが、帰りに読書するので気にしない。
帰りは乗り換え駅から座れるので、そこから、自宅の最寄駅まで読書する。
これが通勤時のパターンになっている。
以前は通勤時間が長く、同じ電車に1時間は乗っていた。
その時は携帯電話で音楽を聴いていた(まだスマホは無かった時代)。
帰りは聴きながら寝てしまった事もあったが、下車駅が終点で乗り過ごすことは無かった。
今は短く、全部で1時間の通勤だが乗り換えなど歩く時間が半分くらい。
でもイアホン付けて歩くことはしない。
雑踏の中を歩く時は何があるかは、わからないからである。
駅の雑踏では目だけでなく、耳を使って周囲に注意している。
トラブルに巻き込まれることは滅多に無いが、文句を言う相手に不注意のネタとされないためである。
何よりも周囲は様々な音があり、音楽を聴く環境ではないと思う。
車内で読書は出来るのが、音楽を聴くのは無理だ。
車内でも、地下鉄のためもあり、大声で話す人が多い。
前のような1時間の乗車をする通勤が懐かしいと思うことは無いが、偶には音楽を聴きながら通勤したいと思う。
他の人は音楽を聞いてるか、読書など様々で偶に新聞を読む人もいる。
私は読書が多いが、朝は座れたら目を閉じている。
席が空く駅は降りる駅の3つ手前で、6分位ですぐ降りることになるから読書も落ち着かない。
その降りる駅から別の地下鉄に乗り換え、4分で会社の下車駅に着く。
その乗り換え駅でベンチに腰掛け、朝は10分位で切りの良い所まで読書する。
朝の電車が遅れた時には読書は出来ないが、帰りに読書するので気にしない。
帰りは乗り換え駅から座れるので、そこから、自宅の最寄駅まで読書する。
これが通勤時のパターンになっている。
以前は通勤時間が長く、同じ電車に1時間は乗っていた。
その時は携帯電話で音楽を聴いていた(まだスマホは無かった時代)。
帰りは聴きながら寝てしまった事もあったが、下車駅が終点で乗り過ごすことは無かった。
今は短く、全部で1時間の通勤だが乗り換えなど歩く時間が半分くらい。
でもイアホン付けて歩くことはしない。
雑踏の中を歩く時は何があるかは、わからないからである。
駅の雑踏では目だけでなく、耳を使って周囲に注意している。
トラブルに巻き込まれることは滅多に無いが、文句を言う相手に不注意のネタとされないためである。
何よりも周囲は様々な音があり、音楽を聴く環境ではないと思う。
車内で読書は出来るのが、音楽を聴くのは無理だ。
車内でも、地下鉄のためもあり、大声で話す人が多い。
前のような1時間の乗車をする通勤が懐かしいと思うことは無いが、偶には音楽を聴きながら通勤したいと思う。