怖いもの見たさで行動すると大けがをする。
それはわかっていたが、自分の実力を確かめたくてついに香港における最終目的にチャレンジすることにした。しかし、確かめるまでもなく相手は黒社会の本物だ。本格的ケンカになる前に走って逃げる覚悟だった。
近寄ったら刺すに決まっているから、その限界まで近寄りハウルの動く城みたいな数万人がうごめく中華人民共和国の飛び地を探検しようとした。飛び地というだけでなんか怪しさを感じることが多い。
九龍城の成立は、返還はるか昔、アロー号戦争にさかのぼる。だんだん英国に押され領地を喪失していく清国は、ついには辛亥革命で命脈を断つわけだ。清に変わった国民党も、支配力は清の領地の1/10にも満たない弱小軍だった。ので国民党の実力では九龍城地域を奪還できないからといっても、英国側も戦略上価値のない九龍城はそのまま泳がせた。そこで広大な飛び地ではあるがどこの飛び地かわからない、誰の支配が及ぶかもわからない無法地帯が成立した。
僕はなぜそんな警官も入れない無法地帯に行こうとしたのか。以前通りかかったときに中国服の姑娘が僕に手招きをしたからだ。スケベは時として命とりになる。
非友好的な雰囲気の中、アヘンのにおいで倒れそうになりながら、ほうほうの体で逃げ帰った。内部に侵入した気合の入った日本人になりたかったが、全部が敵だという暗い地下迷路は僕のレベルでは手に負えるものではなかった。
香港政府と中国政府は後日合意し九龍城の解体を決めた。今は公園だ。住民たちもきれいなアパートに移り満足しているそうだ。
しかし、アヘン戦争、アロー号事件、天津条約なんて世界史の世界なのに、それが残っているなんてなんかロマンチックな気がした。人殺しはいけないが、強いものが正しい世界がそんなに居心地の悪い世界だろうか。
今は頭のいいのが牛耳る世界だ。僕はよく努力し頭もよかったので良い生活ができた。しかし、正しい世界が成立しているか。文科省は数十人の天下りを責められているが、毎年役所から2万人が天下って仕事もせず数億円/一人の金を得ている。頭が良いことはすべての免罪符になるいまの社会。
ゲゲゲのキタローたちが「試験も何にもない」と歌った妖怪ランドのように、悪の飛び地は今日許されない。許されないから消滅した。だが、面白くない。
僕は九龍城を好きになれた気がする。その前に解体されてしまった。