
先週土曜日の事を記します。沖縄では「生年祝い」(トゥシビー)というその年の
十二支が自分の干支と同じになる年を「生まれ年」、無病息災を願って祝うという風習がある
生まれ年は12年ごとに巡ってくることになるから、数え年で13歳ではじめてのトゥシビーを祝い
以後25、37、49、61、73、85、97歳の計8回のトゥシビーを体験することになる。
こちらではそういう風習がありませんね。祝宴を開いて厄払いの祈願をすることですが
昔は85歳まで生きることがめったにないことで米寿もお祝いが大きいのです。
私の幼いころはお祝いも大がかりでしたがこの頃は家族で祝うのが主流です・
母の兄弟と家族だけでホテルでささやかなパーティでしたが、母の支度の後は皆で
集合写真を撮り、母を囲んでの宴は楽しくいい記念の一日になりました。。

義姉が家族の歩みをサプライズでスライド写真を用意してくれて、弟の軽妙な語りで観る
父と母の婚礼写真と兄が1歳にも満たない頃の母との写真に皆がどよめいた!!
美しく若い!22歳の頃の母とハンサムな父の姿があった・・・63年の月日を想う。
私達4人兄弟の歩みもあり、それぞれが担当し時代を追って説明する。幼いころの懐かしい
写真や若いころの自分たちがいた。姪や甥が言う・・時代は残酷ねっ・・と・そうですよネ~
家族の歩みを改めて目にし感慨深い思いでした。
サプライズをご用意してくれた裕美さんありがとう・・今日の事はそれぞれの胸に深く刻まれた・・
会を終え自宅に戻り、夕方から皆で母の誕生日(当日8月16日が誕生日でした)を祝った。
大きなケーキを前に母のためにハッピーバースディを歌いまた盛り上がりました。。
ご満悦の母でしたが母の胸に去来したものはなんだったのでしょう・・体が不自由になり
時折自分の世界にいる母・・・生きて生きてこの時をみつめてほしい・・・
おかあさん・・私を生んでくれてありがとう・・・
心によぎった詩が有ります・・・坂村真民
大恩
三つの時の写真と
七十三歳の写真とを
並べて見ていると
守られて生きてきた
数知れないあかしが
潮のように迫ってくる
返しても返しても
返しきれない
数々の大恩よ