前回はトライアスロンを始めた大会のハワイへ再訪した話、でした。充実感とともに帰国した後は、堰を切ったようにレース、レース、レースの嵐。今になって思えばああもエネルギッシュに挑んでいけたと自分のことと思えないくらい。
ホノルルのレースから一年半を吹田市民として過ごしたのちの関東異動となり、横浜市民に。どちらかといえばの話ですが、関西圏のレースは自然と立ち向かうレースが多かった記憶が強い。そりゃああの手賀沼とか山下公園を泳がされるのも十分自然に立ち向かっている気もしなくもありませんが、日和佐みたいに台風一過の太平洋沖へ向かって750m泳いで戻ってきたあとジェットコースターのようなバイクのったり、七尾湾みたいな湾岸ぐるり一周に比べれば、関東圏は同じところをくるくる回るレースの印象が強かった感。もちろん、運営の方々も限られた土地と予算の中で、なんとかいい大会を開こうと腐心したその結果のお話ですが。
そんな中でも、4年連続の参戦回数を数えることとなった伊豆大島大会は特別なレース。もちろん、ホノルルで知り合った方々との年一回定例の再開を喜ぶということもありましたが、沖合の澄み切った海洋でのスイムに、4周周回ながら起伏と景観にとんだバイクコースとランという秀逸なコース設定に加え、くさやさんが登場する終了後のアワードパーティや地元の方のホスピタリティあふれる歓待。レース代やコース日諸々入ってのひとパッケージ4-5万円の参加費は決して高くはないものと今でも確信できるもの。
残念ながらレースの参加は2010年を最後となり、当時のブログを見ると投げやりというかレース自体を楽しめなくなってしまった様子が手に取るようにわかってしまうのがとても残念。まあ何の準備もできなくなりふわふわな気分でレースに臨めば結果もずるずるなってしまいどんどんモチベーションも、というおはなし。
その思い入れたっぷりの伊豆大島の最後の渡航が5年前。このあとも波崎や横浜とか出場はしたものの、今となってはトライアスロンのレースそのものというよりも伊豆大島に行ってないことが、なにか心を占拠してしまっているようなそんな感じ。別になにか忘れ物したわけでもけじめをつけないといけないこともないのですが、もう一度、島にいくことで、なにかを見つけることができるかもしれない。いや、みつかんない
伊豆大島へ行こう。
色々な事情で、長めの休暇でありながら自由に使える連続した日がないという事情でしたが、竹芝から夜の便で出港して、伊豆大島に朝方入ってしまいその日のうちにジェットホイルで帰る芸当ならなんとかなるはず。いったあとは、以前組んだスケジュールに沿えば。
いける、いや、いまいかないと次は何年あとかわからん。
思い立ったが吉日、天気予報と周りの予定を加味し、その日の夜の便の予約の電話を入れた。あとは、荷物をまとめるだけ。
そして、夜の9時に竹芝到着。さあ、渡航だ。