Kennyのブログあれこれ

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日記(9.32) 野菜 高齢化の記事・・

2014-09-02 07:56:06 | 日記
9月2日 (火曜日) 晴れ

朝は霧が凄かったが



散歩中にすっかり陽も上がってきて消えていった。
今日は気温が上がるようだ!
畑に植えた胡瓜苗とインゲンの様子を見ながら収穫も・・・


第二畑のサツマイモが成長した、10月中旬以降が楽しみだ。

ゴーヤやいんげんを摘んで帰宅。



無花果も獲ってみた。

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昨日は雨で、車庫内で玉葱の種蒔きをした。


これから様子を見ながら買ってきた種蒔きをする予定だ。


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先日の旅行中は時間もたっぷりあって
新聞を隅々まで読んだ。
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最近は”終の住処に向かう記事は”目につく様になってきている。
99歳8ケ月で亡くなった会社顧問のN先生は

人間は潜在的に死を意識している だから墓をつくる”と

意識するのは自我に目覚める10歳以降だと・・小4くらいからか!
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昨年、作者は101才の方だという。

幾度か友を送る日重なりて 辛さを人は長寿ともいう”とあった。
身体を健康に保つだけでなく
心も強く持って、多くの親しい人を見送る悲しみに耐えねばならない。

老後は若き時より、月日の早きこ事、十倍なれば、
一日を十日として
十日を百日とし
一月を一年として
喜楽してあだに日をくらすべからず。


濃密に生きよ!ということだが・・・・これも疲れる。
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もう一つの記事

超高齢化社会は”多死社会”でもある。
今130万人/年近い人が亡くなり
2030年には160万人/年を超す。
死は生の先にごく普通にある。

延びた寿命を”どう生き・どう向き合い・どう逝くか”
に向き合わざろうを得ない。

終活ブームが熱を帯びている。
納棺ならぬ、入棺体験のイベントが人気とか・・・
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あの”おくりびと”では死後の始末を通じて
残された者が癒され、逝く者との絆が強まる
そういった人間関係になっていくことなのかな?

昔、幼い頃、死は身近だった。
親父がお酒で身内の体を拭いて、清よめているのを
真近かで見ていて・・思った。

怖くはないんだ!ごく当たり前のことだ!・・と
今は身内のやることは少ないなあ~!
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これから伊勢崎方面でOBの集まりがあって出かける。