『置かれた場所で咲きなさい』は
渡辺和子さんとおっしゃる ノートルダム清心学園理事長のご著書。
私が渡辺さんのご著書に触れたのは、これが最初。
仏教徒の私だが
この本は 宗教を超えて
人を温かく励ます慈悲にあふれていると感じたので
ぜひ ご紹介したい。
帯には
「人は どんな境遇でも 輝ける」
とある。
(幻冬舎文庫、2012.4.25、925円)
新書版のコンパクトな本で、優しい語り口の内容で、
文字も読みやすく すぐに読み終わってしまう一冊。
でも 書かれた内容は どのページを開いても 味わい深い。
「あっ」とか「ああ!」とか思った所に付箋を貼ったら
付箋だらけになってしまった(笑)。

渡辺和子シスター
→→→YouTube シスター渡辺和子さんの「 置かれた場所で咲きなさい」
タイトルの「置かれた場所で咲きなさい」は
Bloom where God has planted you.
である。
直訳すれば、
「神が あなたを植えた場所で 咲きなさい」。
ただ 神のご意思に従う、といった消極的な事ではなく、
置かれた状況を 喜んで受け入れて
積極的に 自分を開花させてね、、
との気持ちが見える(気がする)。
また、この本のタイトルになった
ベルギー人神父に贈られたという英詩には
続きがある。
「咲くということは、
仕方がないと諦めることでは
ありません。
それは
自分が笑顔で幸せに生き、
周囲の人々も幸せにすることによって、
神が、
あなたをここにお植えになったのは
間違いでなかったと、
証明することなのです」
「置かれた場所」というのは、
人それぞれ。
「置かれたところこそが、
今のあなたの居場所なのです」(p.3)
大学に入学しても「不本意入学者」がいる。
就職しても、
結婚しても、
子育てをしていても、
「こんなはずじゃなかった」
と思える状況は 次々に襲ってくる。
「置かれた場所」が、
つらい立場。
理不尽。
不条理な仕打ち。
憎しみの的。
信じていた人の裏切り。
ベッドの上。
歳を取って 周囲から“役立たず”と思われ、
片隅に追いやられる。
そんな時にも その状況の中で「咲く」努力を。
「咲く心」、「花を咲かせる心」を 持ち続けましょう、
と シスターはおっしゃる。(p.13)
風雨が強い時や、日照り続きで
どうしても咲けない時は
「そんな時には 無理に咲かなくてもいい。
その代わりに、
根を 下へ下へと降ろして、根を張るのです。
次に咲く花が、
より大きく、美しいものとなるために。」(p.13)
「置かれたところで 自分らしく生きていれば、
必ず <見守っていてくださる方がいる>
という安心感が、波立つ心を鎮めてくれるのです。」(p.3)
キリスト者の強さは 信仰という力によって
この「見守っていてくださる方」を
強く感じる事ができる点かと思う。
日本の神々や 仏教におけるホトケは
儀礼や習慣などの日常に紛れ過ぎて
現代の私達には 強く意識する事は
難しいかもしれない。
その点を 私は とても羨ましく思う。
(私は 一応 自分は仏教徒だと思っているが
ホトケを意識するためには
意識しなければならない(苦笑)。)
この小さな本は 愛に溢れている。
人生の岐路に迷う人だけでなく、
老いに戸惑う人だけでもなく、
年若いチャレンジャーにも
ビジネスで成功しようとしている人々にとっても
有益な言葉に溢れている。
たくさんの人に 手にとってもらいたいと思う。
2012年の年間ベストセラー総合第2位だったというが、
それでも、もっともっと たくさんの人に。
この本の中では
シスターの心の琴線に触れた
人や言葉の紹介もふんだんになされている。
仏教者や仏教詩人の言葉も出て来る。
私が「あれっ」と思ったのは
「私たちは、キリストのともしびから火を分けていただいて、
それぞれが、置かれたところで、
一隅を照らす光でありたいものです。
という一文。(p.29)
人を苦しみの業火から救ってくれる宗教の言っている事は
結局、ひとつなのだ
という思いを 強くした。
本書の終わりの方にある
シスターと 2.26事件との関わりには
びっくりしてしまった。
過日 2月26日だった事に気づいて書き始め、
本日の投稿となった。
寒かった冬も 3月となって
ご近所に咲く花も増えてきている。
私たちの花も キレイに咲きますように。
渡辺和子さんとおっしゃる ノートルダム清心学園理事長のご著書。
私が渡辺さんのご著書に触れたのは、これが最初。
仏教徒の私だが
この本は 宗教を超えて
人を温かく励ます慈悲にあふれていると感じたので
ぜひ ご紹介したい。
帯には
「人は どんな境遇でも 輝ける」
とある。
(幻冬舎文庫、2012.4.25、925円)
新書版のコンパクトな本で、優しい語り口の内容で、
文字も読みやすく すぐに読み終わってしまう一冊。
でも 書かれた内容は どのページを開いても 味わい深い。
「あっ」とか「ああ!」とか思った所に付箋を貼ったら
付箋だらけになってしまった(笑)。

渡辺和子シスター
→→→YouTube シスター渡辺和子さんの「 置かれた場所で咲きなさい」
タイトルの「置かれた場所で咲きなさい」は
Bloom where God has planted you.
である。
直訳すれば、
「神が あなたを植えた場所で 咲きなさい」。
ただ 神のご意思に従う、といった消極的な事ではなく、
置かれた状況を 喜んで受け入れて
積極的に 自分を開花させてね、、
との気持ちが見える(気がする)。
また、この本のタイトルになった
ベルギー人神父に贈られたという英詩には
続きがある。
「咲くということは、
仕方がないと諦めることでは
ありません。
それは
自分が笑顔で幸せに生き、
周囲の人々も幸せにすることによって、
神が、
あなたをここにお植えになったのは
間違いでなかったと、
証明することなのです」
「置かれた場所」というのは、
人それぞれ。
「置かれたところこそが、
今のあなたの居場所なのです」(p.3)
大学に入学しても「不本意入学者」がいる。
就職しても、
結婚しても、
子育てをしていても、
「こんなはずじゃなかった」
と思える状況は 次々に襲ってくる。
「置かれた場所」が、
つらい立場。
理不尽。
不条理な仕打ち。
憎しみの的。
信じていた人の裏切り。
ベッドの上。
歳を取って 周囲から“役立たず”と思われ、
片隅に追いやられる。
そんな時にも その状況の中で「咲く」努力を。
「咲く心」、「花を咲かせる心」を 持ち続けましょう、
と シスターはおっしゃる。(p.13)
風雨が強い時や、日照り続きで
どうしても咲けない時は
「そんな時には 無理に咲かなくてもいい。
その代わりに、
根を 下へ下へと降ろして、根を張るのです。
次に咲く花が、
より大きく、美しいものとなるために。」(p.13)
「置かれたところで 自分らしく生きていれば、
必ず <見守っていてくださる方がいる>
という安心感が、波立つ心を鎮めてくれるのです。」(p.3)
キリスト者の強さは 信仰という力によって
この「見守っていてくださる方」を
強く感じる事ができる点かと思う。
日本の神々や 仏教におけるホトケは
儀礼や習慣などの日常に紛れ過ぎて
現代の私達には 強く意識する事は
難しいかもしれない。
その点を 私は とても羨ましく思う。
(私は 一応 自分は仏教徒だと思っているが
ホトケを意識するためには
意識しなければならない(苦笑)。)
この小さな本は 愛に溢れている。
人生の岐路に迷う人だけでなく、
老いに戸惑う人だけでもなく、
年若いチャレンジャーにも
ビジネスで成功しようとしている人々にとっても
有益な言葉に溢れている。
たくさんの人に 手にとってもらいたいと思う。
2012年の年間ベストセラー総合第2位だったというが、
それでも、もっともっと たくさんの人に。
この本の中では
シスターの心の琴線に触れた
人や言葉の紹介もふんだんになされている。
仏教者や仏教詩人の言葉も出て来る。
私が「あれっ」と思ったのは
「私たちは、キリストのともしびから火を分けていただいて、
それぞれが、置かれたところで、
一隅を照らす光でありたいものです。
という一文。(p.29)
人を苦しみの業火から救ってくれる宗教の言っている事は
結局、ひとつなのだ
という思いを 強くした。
本書の終わりの方にある
シスターと 2.26事件との関わりには
びっくりしてしまった。
過日 2月26日だった事に気づいて書き始め、
本日の投稿となった。
寒かった冬も 3月となって
ご近所に咲く花も増えてきている。
私たちの花も キレイに咲きますように。
