理容室はオフィスビル1階の一番奥にあり、その前には警備員が立っている。
警備員に挨拶しなければ入れない。
ガラスの片扉しかなく看板が大きくペイントされているため
中が見え難い、又、室内は窓がないため完全に密室になる。
理髪台と客待ちソファは腰までの高さのパーティションで仕切られている。
婆さんの言う通り、午後4時40分
72歳のエロ爺さんがガラス扉を押して入ってきた。
私はガラス扉が押される音と同時に見詰めた。
焦げ茶色のコートを羽織っている。
姿見は雑木林に点在するコナラの老木のようだ。
長い年月、昆虫にエキスを吸われて木に裂け目や皺が刻まれ
春間近になり茶葉を落とした
既に虫も寄り付かなくなった老木だ。
爺さんもこちらを一瞥する。
ゲゲゲの鬼太郎には子泣き爺が出て来るが
相対する婆さんは砂かけ婆に相当
雑木林に住む老雌白蛾婆さんが私に向かって
「社長 ゆっくりしててって、そこの煙草吸ってコーヒー飲んで」
私「そうか!たまには煙草でも吸うか」
テレビ見ながら煙草吸い、缶コーヒーを飲む。
婆さんはコナラ爺さんの頭にハサミ入れながら、必死に私に話しかける。
老木コナラ爺さんを鏡面で見るとムッツリ不機嫌そうに
口を閉じている。
明らかに「バカヤロウ、邪魔しやがって」と腹の中で
叫んでいるはずだ。
こんな出来事を平凡人に話せば
「はっきり拒絶して2度と来るな!言え」
決まりきった言葉が出る。
以前 私の傍にも教条主義的な人生しか語れない深みない男がいた。
借金抱えて苦闘する婆さんにしたら屈辱に堪えても
お金が必要なのだ。
私も自営業なのでその葛藤が理解できる。
優越的立場を利用してセクハラ
人の弱みにつけ込む意地汚い爺。
ソープ、キャパクラへ行く金も勇気もないが
朽ち果てようととする老木の最後の性への執念
それを巧みにかわす老雌蛾の攻防戦
婆さんが爺さんが来る前に言った。
やっと一つの借金は先月返済した。
後はボロ家を売ってアパートに住む。
そして死んだ連れ合いのところに行きたい。
これで勝負あった。
スウェーデンの小説ミレニアム一文を思った。
『私はこれまで、数えきれないほどの敵に対処してきた。そこから学んだのは、負ける闘いに応じてはならんということだ。そのかわり、自分を侮辱した人間をけっして許してはならん。辛抱強く機会を待ち、自分が優位に立ったときに反撃するんだ-もう反撃する必要がなくなったとしても』
老木コナラ爺さんは最後に毒雌蛾に吸われ
屈辱を舐めるのだ。
15分程過ぎると娘さん夫婦と子供二人がやってきた。
婆さんは私をおおげさに娘に紹介する。
娘さんも私と婆さんの目配りで理解した。
私は店を出た。
娘さんが追ってきて
「ありがとうございます」!
午後5時、髪カットで冷え冷えする頭に息子夫婦から
プレゼントされた帽子を被り柳橋に向かった。
帰りの道すがら 考えた。
「俺が72歳になったらどうか」?
そんな気!起きるかな?
しかし エロ爺さんは元気だな!
羨ましい?
3月2日(金)ランチ マドンナがピザ生地買ってピザ作った。