28日 茜浜で富士遠望
海風が冷たくなったのを右耳が警告する。
54年前の厳冬期北アルプス白馬岳での凍傷による後遺症。
右足親指も崩れたまま。
続きです。
由美と多摩川土手で巨人軍の練習を見ていたが
心は不安におののいていた。
由美に見透かされまいと、彼女の喋りに頷きはしたが
心は別の場所にあった。
11月末 夜遅い新宿駅中央線ホームにいた。
大月行の列車に乗車する。
富士山にて雪山訓練出発。
前年 厳冬期北アルプス白馬岳で凍傷になった。
慈恵医大病院にて回復には長い年月がかかると宣告された。
冬富士で悪化の恐れはある。
凍傷遭難を知っていて、由美は必死に止めたのだ。
しかし、登ると決めたのだ。
山岳部部員と見送りの山岳部長、OB 友人
それぞれの部員の彼女が見送りにホームにいた。
由美は片隅で不安な眼差しで眺めていた。
初めての見送りであり、本格的冬山装備を見たのだ。
23時過ぎ ローカル列車がまもなく発車のアナウンスが流れた。
車窓を開けた。
由美は、窓にすっーと寄ってきた。
手を差し出した。
小さな指を窓に入れた。
柔らかな全ての指で僕の指を掴んだ。
右親指にも、凍傷の傷痕が刻まれ
彼女は優しく触れた。
何という温もり。
発車のベルが鳴り窓を閉めた。
やはり手を振らず由美のホームで佇む姿は消えた。
列車は生暖かい暖房と若者の精気の匂いが攪乱している。
ぼんやりと列車の揺れを感じながら
鈍重頭はやっと気付いたのだ。
何故 由美が 駅改札口で
スカートを捲り上げ、虫に刺された
太腿の腫れを見せたのかがわかった。
「凍傷で凍ってしまった指を溶かすには
テントで寝袋に包まり、両足太腿の間に
凍った指を挟み、ゆっくりと徐々に溶かす」
そのように由美に話したのだ。
その時、冗談とも本当だとも曖昧にして
「なあ 由美の脚で温めてくれたら回復は早いかな」
彼女は答えず俯いたまま。
あのスカートの出来事は、サイレントシグナルだったのだ。
精一杯の愛情表現なのだ。
再掲白馬岳遭難 遠くなった苦い思い出!今年暖冬異変