9月26日(水)23時半 ベランダに出た。
ベランダ越に椰子の木がある。
10年前、このマンションに転居した時は3階あたりが木のテッペンだった。
今は4階のベランダ手すりより高くなった。
秋風が椰子の葉を大きな団扇のごとく煽り
Tシャツ1枚の体に冷たい夜風が通り過ぎる。
漆黒の空を見上げる。
中空に赤い月がポツンとある。
星座は姿を消していた。
じっと見続けた。
あいつは「読め」と言って私に文庫本を渡した。
2009年9月 秋風が吹く頃だった。
それから直ぐにがんセンターで食道癌の手術をした。
私も数日遅れで入院した。
9月の終わりに互いに退院して椰子の木の傍らで会った。
あいつは声帯を切除して声を失った。
翌年春に食道癌は肺に転移した。
まもなく夏になろうとする梅雨明けに力尽きた。
享年61歳、独身 両親既に他界。
http://blog.goo.ne.jp/kikuchimasaji/m/201006
あいつは本など読まない男だった。
武道一筋、不器用で酒と煙草を生涯の友だった。
赤い月以外何もかも消した漆黒の空を見続けた。
病室で私が用意した真っ白の紙に
「かえさなくて いい」と、黒のマーカーペンで動かぬ動かぬ手を
精一杯使ってミミズのようなひらがなで書いた。
その本は なかにし礼の小説
「赤い月」だった。