馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

渋谷百軒店 松涛邸宅街 夕闇の渋谷スクランブル交差点。

2016-05-23 15:41:37 | 日記

 

5月21日(土)

お袋の容態が悪い 別偏

道玄坂を上がり、喜楽を過ぎて横道に入った。

真ん前に、コギャル群団現れる。

   

何かを待っているのだろうが、詮索する余裕がない。

通称 百軒店と呼ばれる歓楽街。

 

男の子はこのような集まりはしない。

この光景を見るたびに

ばら銭しか持たない女の子達相手に商売する。

どうやれば?儲けることできるのか知りたい。

 渋谷百軒店

歓楽街を抜けると、閑静な邸宅街。

現総理、元総理がお住まいの通りを抜けて

松涛邸宅街

山手通りへ出る。

 

19時お袋の見舞い後

渋谷駅2階通路で兄と別れた。

この通路沿いからスクランブル交差点が見える。

青信号になって中心点に四方から人が向かい

交わりすれ違い

赤信号で一瞬の空間

車が双方向に走る。

人群れを眺めていると

誰もが互いに何処へ行くのか知らない。

知り合うこともない。

 

夕闇の渋谷スクランブル交差点

次回、都知事選に

マック赤坂さん、出馬したら一票投票したいが

都民じゃないからダメか。

でもね、法人都民税払っている。

その金で舛添殿は回転寿司で蛸食べてる。


お袋の容態が悪い。駈けつける。

2016-05-22 14:20:37 | 日記

 

5月21日(土)

渋谷駅 スクランブル交差点に着いたのは正午丁度。

渋谷スクランブル交差点1

急ぎ足で渡り道玄坂を上がる。

昨日、弟に「まだ、咳が止まらず回復しないので

お袋の見舞いには行けない」とメールした。

その夜、弟からラインメール。

「お袋の容態がおかしい、寝たきりでうわ言を呟いている」

「体熱も高い」

 

状態を見なければ!

松涛邸宅街を抜け、介護病院に12時半に着いた。

3階の病室、ベッドに横たわっている。

元気だった頃の半分の体になってしまった。

白い上掛けに包まれミイラのごときだ。

 

私の顔を見ようともしない。

4月18日には、ひ孫を見せに息子夫婦も見舞いしたのだ。

 

看護婦さんが「昨日は熱がありましたが、今日は下がりました」

「他の患者さんも連続して発熱しました」

どうやら、季節の変わり目による体調崩しのようだ。

暫く、お袋を見続けていたが、5階のラウンジでお茶を飲むことにした。

 

ラウンジから、ベランダに出て新宿方面を眺める。

 

都庁が見える。

現代のお城である。

現城主は舛添である。

人望の無さに気付いた都民は一揆が始まりそうだ。

しかし、メディアは狡い。

舛添の性根を知っていたにも関わらず

今まで黙っていたのだ。

形勢が劣勢になった途端

川で溺れた犬が川岸に必死に這い上がろうとするを

妨害するがごとき棒で叩く。

 

メディアは、今頃になって

実は、舛添はケチで~~なんだと暴露。

 

まあ!そんなこと思っていてもしょうがない。

 

ふと、思いついて介護病院を出た。

病院前山手通り対面に渡った。

 

通りに小さな門がある。

表札に「東京大学裏門」

そう、ここは、東京大学駒場キャンパス。

 

小さな入口から、緑の木々が点在するキャンパスを散策。

樹林を通り過ぎる風は和やかだ。

  

14時半 介護病院に戻る。

お袋は呟き続けている。

92年の人生が目まぐるしく駆け巡っているのだ。

 

咳止め薬の副作用で睡魔が襲う。

5階の談話室ソファで目をつぶる。

ウトウトしていると、スマホが鳴る。

アンチャンからだ「こちらに向かっている」との連絡。

16時 兄は秦野からやって来た。

 

虚ろだったお袋の目に輝きを射した。

長男は可愛いのだ。

「帰るな、帰るな」かすれ声で言う。

 

長男、末っ子は可愛いのだ。

私が少年期、悲しい心はこの事だった。

振り向いてくれない母親に

無頼な行動で反応したのだ。

社会人になり、ギスギスの人間関係に気付き

結婚して子供が生まれて生きてゆくことの重さを知った。

貧しい家庭で子供3人育てるのは容易なことではなかった。

 

当時 母親として精いっぱい頑張っていたのだ。

 

18時 介護病院を出た。

来る時(介護病院)行列している中華の店喜楽で食べることにした。

渋谷でNO1の人気店。

店内は空いていた。

ビール、日本酒、餃子、モヤシソバを頼んだ。

 

弟が車で見舞い来ない時は、ここでビールと麺を食べるのだ。

 

 

19時 渋谷駅で兄は井の頭線に乗車。

私は銀座線に乗った。

 

兄は71歳 まだ現役の最年長予備校講師。

 

病に伏した家族を抱え懸命に働いている。

 

弟も零細企業の経営者。

苦しんでいる。

男3人兄弟

孤軍奮闘中。

 

 

 

 


永代通り 昭和屋台ラーメンの灯。

2016-05-20 15:48:27 | 日記

5月18日(水)19時20分

昨日の続き

 

隅田テラスを永代橋から、門前仲町に向かう。

陽は落ちて永代通り沿いのビル明かり

前方に隅田川支流の橋袂が見えてきた。

その隅に赤提灯の灯。

 

寅さん、健さん、文太がいるような屋台。

昭和時代の映画セットのようだ。

 

以前は昼間しか営業していなかった。

夜営業を始めたのか?

まだ、一度も食べたことはない。

 

風情屋台で瓶ビールとラーメン

 

映画になるな!


隅田テラス寸断?大震災。

2016-05-19 15:51:16 | 日記

 

 

5月18日(水)

18時半 両国橋から隅田テラスに下りる。

右岸を永代橋に向かって歩く。

久しぶりのことだ。

新大橋まで来ると、金網柵で通行止め。

工事看板に耐震補強工事とある。

 

東日本大震災の津波被害の凄さから当然の工事。

橋を渡り左岸に向かう。

清洲橋の優美なアーチライトが見えるとこで

テラスに下りた。

宵の水面一面に小波が揺れ、暮れようとする青空と

ビルの明かりと屋形船の灯りが混然となる。

 隅田テラス1

東日本大震災の時、隅田川逆流を見た。

 

川の流れが反転して、水嵩が2m程上下するうねり。

茫然と声も出せずに宵闇の水面を見詰めていた。

 

隅田テラス2

 

東京湾に地震直下の津波が襲ったら、人間が

造作した堅牢な防波堤も破壊は必死だ。

事務所は隅田川と神田川の合流点にある。

関東大震災では、劫火で逃げ惑う住民が

隅田川に飛び込み、死者は1万人以上。

 

その時は天命に従うしかない。

 

 

 


ノンスリップマット アマゾンに掲載。

2016-05-17 16:40:31 | 日記

5月17日(火)

 

ランチ 柳橋ラーメンを作る。

前夜から、煮干しと昆布で出汁づくり。

キャベツと牛肉、卵を酒、中華出汁で炒め。

チャーシュー、卵。を乗せた。

ニンニクスープが旨い。

先日 ノンスリップマットが倉庫から現れた?

撮影してアマゾンに掲載。

 

ノンスリップマット3枚セット

意外や、人気があって売れるのだ。

 

このところ、地震が頻繁だからね。