こんばんは。
今朝はかなり気温が低く暖房を入れようかと迷う程でした。
昨夜はさすがにファンヒーターつけてましたけどね。
今日日中は風は冷たいものの、日射しはあったのでそれなりに凌げました。
四月に入ってもこんな日もあるのだなと改めて感じております。
冬物衣類を片付けようかと思っていた矢先、この寒さは堪えますね。
もうファンヒーターも時期的に点けないだろうし、余った灯油をどうしようかと先日も書いておりましたが、とんでもない;。
こんなに寒い日があるとは思いませんでしたね。
今夜も少し使用するかもしれません。
そんな中うちのネコは最近私の足元で寝ているようですが、朝私が目を覚ますとさっさと階下へ下りて行き、まずご飯をくれと催促
します。
いつものようにカリカリを器へ入れると、なんだ、またこれかな顔をしてプイッと横を向きますがそのうち諦めたように?食べ出します。
その後はおもむろに未だ使用しているコタツへ潜り込み、やれやれというように寝始めるんですよね。
いや、あんた今起きたんでしょうよ?と思うのですが。
私の足元で寝て寒いのなら一晩中コタツの中で寝れば良いものをといつも思ってやるのですけどねぇ。
それと共に足元で寝られたら、どことなく身体の自由を奪われるようで熟睡し難くもあります。
そんな母ちゃんの気持ちを知ってかしらずか、今夜もおんなじように寝るのでしょうけども。
なんだかなぁ、な毎日のローテーションでござりますなぁ。
今朝も祝詞奏上させて頂きました。
今日は昨日参りました厳島神社の御祭神でもあります市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の香りをつけて致しました。
市杵島姫命
〝 よう来たの
じゃがな 次にはよりゆるりとして参れ
しかと 島の香りと空気
浴びて帰るが良いぞ
また参れよ 待ちおるぞ 〟
このような言葉でした。
昨日は蔓延防止措置も解け、春休みともあってか老若男女問わず多くの方々がお越しになっていたのはお伝えした通りです。
ちなみに上で言われましたことは、そのようにどなたに対しても言われたことなのか、はたまた私自身に対して言われた言葉なのかは
分かりません。
ただ昨日に限って申すならば13時近くに島へ着き、その後は15時半頃のフェリーで島を後にしたことを考えれば一体何のために行った
のだか分かりませんしね。
それを思えば、もっとゆっくり島へ滞在し、島の空気、いうなれば氣を存分に浴びて帰れよということだったのかなと感じます。
参る場所は大抵いつも変わりませんし、それならばいつもはあまり足を向けない場所へも行ってみよということなのかなと考えたり。
いずれにしても次回参ります折には拝殿にて神職の方から祝詞を上げて頂きに参ろうかなと思っております。
やはり拝殿の手前で頭を下げるのと拝殿の中へ入り正式に御祈祷して頂くのでは、当然ながらその空気は全く違いますしね。
拝殿の中へ入ると御簾(みす)の向こうから、或いは御本殿の奥からなんとも言えぬ威圧感を感じます。
それはなにも怖いとかいうものではなく、やはり神様であるとかそのような気配、感覚を覚えるからですね。
それを感じるが故に今一度改めて御参拝させて頂こうと、そう思っております。
(ちなみにこれは回廊の一部分ですよ)
さて昨日の宮島行きですが。
フェリーに乗ることろからでしょうか。
このフェリー、松大汽船とJRという二つのフェリーがあります。
おそらくですが、現在ではどちらのフェリーも交通系プリカというのでしょうか、それをタッチすることで乗船出来るようになって
いるかと思いますよ。
ちなみに片道170円、ですのでごく普通に現金払いで切符を購入されても当然乗れますのでご安心を。
時間にして10分程で島へ着きます。
マンボウの規制も無くなり、かなりの人数が乗り込みます。
それでもすぐ着くのであんまりゴミゴミした感じはないかなと思いますね。
到着するとまずは島の小高いところを目指します。
何故かって?それは持参したお弁当を食べる為ですね。(笑)
これまでは行者堂という場所で一人誰にも知られずお弁当を広げていたのですが、今回はそこへ至るまでに一匹の鹿さんに見つかって
しまいました。
何がいけないのか?それはですね、鹿に見つかると人間の食べ物に顔を突っ込んでくるからんですよね;。
この子達、どうやら島では餌をあげるシステムが無いのか?人間の持つ食べ物に興味を持って、時には突進してくることもあるとか。
ですので鹿の前でお弁当を広げるのは双方にとっても良くないかと思われます。
そんな訳で仕方なくその場所を諦め、次の場所を探します。
ちょうど良いところへお誂え向きにセメント作り?のテーブルと椅子があった、良かったと思うのも束の間、桜の季節とあってか
カメラを構えた人が次々にやって来ます。
確かに周りは桜だらけ、此処から見る島の景色は結構綺麗ですし、被写体としてはもってこいなのでしょう。
そんな中でお弁当を食べるのも気が引けるし;とまたまた食べる気力を失い;ひたすら食べられる場所を探します。
しばらく行くとまた別のテーブルがある場所へ行きつきました。
けれどそこはお一人の女性が既にお弁当を広げておられました。
あら~、駄目かなぁ、もう今日はお昼は食べずに済まそうか、そう思いもしましたが戸外でもあり、思い切ってその女の方に、傍を
お借りしてもよろしいですかとお尋ねすると、どうぞどうぞと快諾して下さいました。
そこでようやく持参したお弁当を今度こそはまともに広げ(笑)ありつくことが出来たのでした。
ところでその女性、ちょっとお話してみるとこの島内、というよりすぐ近くからこうしてお弁当持って来たんですよと仰います。
そのうちにどうやらご主人と思しき方がスプーンを持って来られました。
どういうことかと言えば、お持ちになられたご自分らのお弁当にお箸等を忘れたらしく?ご主人が取りに戻られたようでした。
その方とは先程此処へ来る途中ですれ違いましたが、なるほどそう言う事であったかと合点が行きました。
お互い、それほど喋る訳でもなく、また聞くともなく奥様のお話が耳に入って来ますが、あらあそこのお店の方、そうなのねとつい
見知ったお店の名前が出て来たりして面白かったですよ。
そのうちお話をさせて頂くと、どうやら此方のご主人は厳島神社の神職さんであると知りました。
あらぁ、実は私も(と言うかね、全く;)と話が弾み、そこからあれこれと話をして下さいました。
厳島神社自体が今も少し神仏習合の色合いが残っているということ、朱塗りの神殿はその象徴でもありますよと仰います。
明治の廃仏毀釈の頃には今ある社殿は白木に戻されていた時期もあったそうな。
年に何度かある舞楽、蘭陵王、これは仏教の影響が色濃く、舞手は大阪の四天王寺からお越しになることもあると言われました。
なるほど、そういうことかと納得も出来ました。
元々は推古天皇がご即位された年(593年)に建立されたとの事ですから、相当な歴史がある訳ですよね。
他にも今修造されている大鳥居は左右の主柱を楠で建てるにあたり、その楠自体が真っ直ぐに太いものが無いため、かなり難儀された
とも言われました。
実際に厳島神社のHPを見れば、その説明は詳細に載っておりますので興味のある方はご覧になってみてください。
そんな風にご主人は幾らでもお話して下さいましたが、奥様は手持無沙汰のようでしたので;そろそろ引き上げようと、有難うござい
ましたとお礼を申し述べ、そこを後にしました。
(まだたくさんお話はありますが、長くなるのでまたの機会に)
こんな感じでまだまだ続く宮島編、今日はこの辺りですが、これからも続きますのでね。
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
今朝はかなり気温が低く暖房を入れようかと迷う程でした。
昨夜はさすがにファンヒーターつけてましたけどね。
今日日中は風は冷たいものの、日射しはあったのでそれなりに凌げました。
四月に入ってもこんな日もあるのだなと改めて感じております。
冬物衣類を片付けようかと思っていた矢先、この寒さは堪えますね。
もうファンヒーターも時期的に点けないだろうし、余った灯油をどうしようかと先日も書いておりましたが、とんでもない;。
こんなに寒い日があるとは思いませんでしたね。
今夜も少し使用するかもしれません。
そんな中うちのネコは最近私の足元で寝ているようですが、朝私が目を覚ますとさっさと階下へ下りて行き、まずご飯をくれと催促
します。
いつものようにカリカリを器へ入れると、なんだ、またこれかな顔をしてプイッと横を向きますがそのうち諦めたように?食べ出します。
その後はおもむろに未だ使用しているコタツへ潜り込み、やれやれというように寝始めるんですよね。
いや、あんた今起きたんでしょうよ?と思うのですが。
私の足元で寝て寒いのなら一晩中コタツの中で寝れば良いものをといつも思ってやるのですけどねぇ。
それと共に足元で寝られたら、どことなく身体の自由を奪われるようで熟睡し難くもあります。
そんな母ちゃんの気持ちを知ってかしらずか、今夜もおんなじように寝るのでしょうけども。
なんだかなぁ、な毎日のローテーションでござりますなぁ。
今朝も祝詞奏上させて頂きました。
今日は昨日参りました厳島神社の御祭神でもあります市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の香りをつけて致しました。
市杵島姫命
〝 よう来たの
じゃがな 次にはよりゆるりとして参れ
しかと 島の香りと空気
浴びて帰るが良いぞ
また参れよ 待ちおるぞ 〟
このような言葉でした。
昨日は蔓延防止措置も解け、春休みともあってか老若男女問わず多くの方々がお越しになっていたのはお伝えした通りです。
ちなみに上で言われましたことは、そのようにどなたに対しても言われたことなのか、はたまた私自身に対して言われた言葉なのかは
分かりません。
ただ昨日に限って申すならば13時近くに島へ着き、その後は15時半頃のフェリーで島を後にしたことを考えれば一体何のために行った
のだか分かりませんしね。
それを思えば、もっとゆっくり島へ滞在し、島の空気、いうなれば氣を存分に浴びて帰れよということだったのかなと感じます。
参る場所は大抵いつも変わりませんし、それならばいつもはあまり足を向けない場所へも行ってみよということなのかなと考えたり。
いずれにしても次回参ります折には拝殿にて神職の方から祝詞を上げて頂きに参ろうかなと思っております。
やはり拝殿の手前で頭を下げるのと拝殿の中へ入り正式に御祈祷して頂くのでは、当然ながらその空気は全く違いますしね。
拝殿の中へ入ると御簾(みす)の向こうから、或いは御本殿の奥からなんとも言えぬ威圧感を感じます。
それはなにも怖いとかいうものではなく、やはり神様であるとかそのような気配、感覚を覚えるからですね。
それを感じるが故に今一度改めて御参拝させて頂こうと、そう思っております。
(ちなみにこれは回廊の一部分ですよ)
さて昨日の宮島行きですが。
フェリーに乗ることろからでしょうか。
このフェリー、松大汽船とJRという二つのフェリーがあります。
おそらくですが、現在ではどちらのフェリーも交通系プリカというのでしょうか、それをタッチすることで乗船出来るようになって
いるかと思いますよ。
ちなみに片道170円、ですのでごく普通に現金払いで切符を購入されても当然乗れますのでご安心を。
時間にして10分程で島へ着きます。
マンボウの規制も無くなり、かなりの人数が乗り込みます。
それでもすぐ着くのであんまりゴミゴミした感じはないかなと思いますね。
到着するとまずは島の小高いところを目指します。
何故かって?それは持参したお弁当を食べる為ですね。(笑)
これまでは行者堂という場所で一人誰にも知られずお弁当を広げていたのですが、今回はそこへ至るまでに一匹の鹿さんに見つかって
しまいました。
何がいけないのか?それはですね、鹿に見つかると人間の食べ物に顔を突っ込んでくるからんですよね;。
この子達、どうやら島では餌をあげるシステムが無いのか?人間の持つ食べ物に興味を持って、時には突進してくることもあるとか。
ですので鹿の前でお弁当を広げるのは双方にとっても良くないかと思われます。
そんな訳で仕方なくその場所を諦め、次の場所を探します。
ちょうど良いところへお誂え向きにセメント作り?のテーブルと椅子があった、良かったと思うのも束の間、桜の季節とあってか
カメラを構えた人が次々にやって来ます。
確かに周りは桜だらけ、此処から見る島の景色は結構綺麗ですし、被写体としてはもってこいなのでしょう。
そんな中でお弁当を食べるのも気が引けるし;とまたまた食べる気力を失い;ひたすら食べられる場所を探します。
しばらく行くとまた別のテーブルがある場所へ行きつきました。
けれどそこはお一人の女性が既にお弁当を広げておられました。
あら~、駄目かなぁ、もう今日はお昼は食べずに済まそうか、そう思いもしましたが戸外でもあり、思い切ってその女の方に、傍を
お借りしてもよろしいですかとお尋ねすると、どうぞどうぞと快諾して下さいました。
そこでようやく持参したお弁当を今度こそはまともに広げ(笑)ありつくことが出来たのでした。
ところでその女性、ちょっとお話してみるとこの島内、というよりすぐ近くからこうしてお弁当持って来たんですよと仰います。
そのうちにどうやらご主人と思しき方がスプーンを持って来られました。
どういうことかと言えば、お持ちになられたご自分らのお弁当にお箸等を忘れたらしく?ご主人が取りに戻られたようでした。
その方とは先程此処へ来る途中ですれ違いましたが、なるほどそう言う事であったかと合点が行きました。
お互い、それほど喋る訳でもなく、また聞くともなく奥様のお話が耳に入って来ますが、あらあそこのお店の方、そうなのねとつい
見知ったお店の名前が出て来たりして面白かったですよ。
そのうちお話をさせて頂くと、どうやら此方のご主人は厳島神社の神職さんであると知りました。
あらぁ、実は私も(と言うかね、全く;)と話が弾み、そこからあれこれと話をして下さいました。
厳島神社自体が今も少し神仏習合の色合いが残っているということ、朱塗りの神殿はその象徴でもありますよと仰います。
明治の廃仏毀釈の頃には今ある社殿は白木に戻されていた時期もあったそうな。
年に何度かある舞楽、蘭陵王、これは仏教の影響が色濃く、舞手は大阪の四天王寺からお越しになることもあると言われました。
なるほど、そういうことかと納得も出来ました。
元々は推古天皇がご即位された年(593年)に建立されたとの事ですから、相当な歴史がある訳ですよね。
他にも今修造されている大鳥居は左右の主柱を楠で建てるにあたり、その楠自体が真っ直ぐに太いものが無いため、かなり難儀された
とも言われました。
実際に厳島神社のHPを見れば、その説明は詳細に載っておりますので興味のある方はご覧になってみてください。
そんな風にご主人は幾らでもお話して下さいましたが、奥様は手持無沙汰のようでしたので;そろそろ引き上げようと、有難うござい
ましたとお礼を申し述べ、そこを後にしました。
(まだたくさんお話はありますが、長くなるのでまたの機会に)
こんな感じでまだまだ続く宮島編、今日はこの辺りですが、これからも続きますのでね。
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。