日々徒然なるままに

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みずらの男性と龍と    出雲大社参拝致しました part5

2019-04-02 21:05:08 | お出かけ
こんばんは。
朝はかなり冷え込みました。
四月に入って此処まで冷えるというのは近年あまりなかったことではと思います。
それでも桜は既に咲いておりますし、春を告げる鳥達の声も聴こえてくるこのところです。





                                        


                                      


                                            





                                               






このところ割と早くに目が覚めておりましたが、今朝はいつになく目覚ましが鳴ってもまだ眠くなかなか布団から出られませんでした;。
先日の出雲行きの後遺症というのか;背中と腰の張りがどうにも抜け切らず、今回はかなり長引くなぁと感じておったのですが、昨日辺りから
ようやっとその張りも収まってきたようでした。
それまでは横になるとどうしても腰が痛くて仰向けに寝ることが難しく、どこかしら寝ながら自分でしんどいと感じていたのかもしれません。
それが治ってくると自然と寝られるようになったのか、ようやっと身体がリラックスして?尚のこと目が覚めにくかったのかなとも思います。
しかし此処まで身体が回復し難いというのは・・・やっぱり歳ですねぇ;。(笑い)
そういうことにしておくと全て上手く収まりそうです。





                                        





今朝もいつものように祝詞奏上させて頂きました。

 
 奉幣振っていると背後に角髪(みずら)を結った男性の気配?
 スサノオノミコト? 大神? 
 また龍も?


 “ よう参った

   大儀であった

   これからの時を駆け抜けよ

   そが道を歩め

   新しき世を行け  ”
    

 龍はテラではない?


 “ より高次におるテラぞ  ” 


 昨日の龍もそうなのですか?


 “ あの龍は そが感じた次代の龍

   そなた 香りを作らぬか?  ”
  

 スサノオなのか大神なのか頭の中での対話

 令令 丑 急急如律令

 この呪文を唱えて呼吸を整え静かに座っていると 突然目の前 目を閉じているがパァッと明るくなる 
 とても明るい 光に全身が包み込まれるよう
 ほおぅっと力が抜けて安堵するような思いとなる
                                            
                                        



                                          





いつものまずい絵ですが;。
自分の背後に昔の神様の絵などでよく見かける角髪を結ったような男性とその後ろにはまた龍が浮かんでいるように感じておりました。
この男性が果たして先だっての素鵞社(そがのやしろ)に坐しました(おわしました)素戔嗚尊(すさのおのみこと)であるのか、いつも
感じるスサノオノミコトなのか、或いは大神であるのか、そこまでは判然と致しませんでした。
けれど奏上致す際にスサノオノミコトの香りを付けて致しましたので、もしかするとそうであったのかもしれません。
いずれにしろそのような神様と思しき存在がそこへ座っておったように感じられました。
よう参った、これは大神からも度々掛けられる言葉でもあります。
その後の言葉、これは昨日に続き新しい元号とともに次の代へと移り変わって行くに際して、己自身もそこを駆け抜けて行けということなのだと
感じます。
既に若さとは程遠い自分ではありますけれど;やる気だけは?まだまだ漲っておるつもりです。
次の代をも変わらず、否これまで以上に駆けて参りたいと思います。
あ、途中で蹴躓いて転ばないように;。(笑)

また同時に感じていた龍について、この存在に尋ねてみますとより高次元にいるテラとのことでした。
より高次元?テラにもそんなのが存在するのか?とも思いましたけれど;。
ならばもしかして昨日の龍もそうなのかと重ねて伺えば、これはやはり次代の龍を現したものだと言われました。
確かにあの時感じたのは、これまでのどの龍とも違うものでした。
その龍の香りを作らないかと言われましたが。
作成したいと考えますけれど、じっくり考察してみたいとこの事に関しては思ったことでした。

その後に先日お知らせしました白水明さんの呪文を唱えてしばし静かに座っておりますと、目を閉じているのにいきなり目の前がパァッと明るく
なったようでした。
とても明るく、なんというのかその明るさ、光に身体全体が包み込まれるように感じられました。
全身の無駄な力が全て抜けていくような、ほおぅっと感じるようなそんな感覚でした。
今回の呪文にはそんな不思議な力がより一層込められているのかもしれませんね。
皆様もどうぞ、この呪文を今月一杯は効力がありなすので唱えてみて下さい。
何がしかを感じられるかもしれませんよ。





                                         





さてさて長引いております出雲の旅の続きです。

食事も済ませ、後は車を置いてある駐車場まで歩いて戻りました。
その歩いて戻る道、実はもう30年も出雲へ行きながらもその歩道を歩くことはこれまで一度もありませんでした。
いつもは車でものの3分もかからぬほどの時間でそこの場所を通り抜けるだけだったからです。
自分でもそのことにその時点で驚きましたが;。
歩くとこれまで見ることのなかった視点でその近隣の様子も分かり、なるほど車では見えない場所もこうしてみることが出来るのかとそこの部分
にも感心していた自分なのでした。





                                           





車に戻り、来しなにお連れしますよと話していた稲佐の浜へと走って行きました。
此処は神迎祭の時には歩いて浜まで行く道です。
車ですのでこちらもものの5分と掛からず到着しました。
やはりこの場所でも観光客の方が駐車場に車を停めて浜まで歩いて行っておられましたね。
普段なら殆ど人が来ることもないように思えますが、春休みという時期もあったようです。
息子さんは革靴でそのまま砂浜へと下りて行かれましたが、奥さんと自分はさすがにこの粒子の細かい砂浜、海浜へは下りていく気になれず
彼が遠くに歩いていくのを浜風に吹かれながら見ておりました。
弁天島と呼ばれる、今は大きな岩と見えるその島はかつてはその名の通り波の中に浮かぶ島であったようです。
ご祭神は豊玉毘古命(とよたまびこのみこと)となっておられるようです。
そんな今は岩と感じられる程の険しい崖の上に鳥居とお社が建立されておりますが、古の頃、そのような場所へどのようにしてそれらを建てる
ことが出来たのか、見る度に考えさせられます。
人間一人が登るにしてもかなりな思いをしそうな場所、以前はそこへは船で渡っていたのでしょうか、それにしてもどうやってと感じる不思議さ
はいつも感じるところです。


                                         


                                              





                                             





                                             
                                         




此処までをご覧になられ、後は一路広島へ向けて帰ることと致しました。
けれど初めてお越しになった出雲でもあり、やはり最後はお土産をかわなくちゃね、となりますよね。
そこで自分も帰路には大抵立ち寄る出雲ワイナリーというところへお連れしました。
此処は毎回のように足を運ぶこともあり、写真を撮ることすら忘れておりました、すみません;。
車でお越しになった方は申し訳ありませんが、ワインの試飲は出来ません、その代わりにぶどうジュースの用意があります。
このワイナリー、その起源は昭和34年といいますので随分と古いようです。
今の建物が昭和61年からということですので、やはり平成の前からということになります。
確かにこのワイナリーの両脇にはブドウ畑が広がっており、この地においてのワインの生産は思う以上に古くからあるということが分かります。
元々は甘いばかりの、そんなワインしか記憶にありませんでしたが最近は食事に合う辛口ワインも多く生産されているようです。
その他にも出雲や松江辺りの多くのお菓子や特産品が数多く揃えられており、観光バスは殆ど此処へお客さんをお連れするのではと思います。
大社からですと車で10分も掛からぬ程の距離、一度訪ねてみられるのも良いのではと思います。





                                     





そこを出れば後は斐伊川沿いを走りながら松江道に向けてひた走ります。
土手沿いに作られたこの道も以前とは違い道幅も広がり走りやすくなりました。
その分行き交う車も増えたのかもしれません。
走る分、つまりは運転する側にとっては単調な道ですが車窓を眺めるにはあれこれと景色も見えて面白い場所でもあります。
そんなところを走りながら松江道に入り、後は一直線の道を戻るばかりです。
途中、来しなにも立ち寄った「たかのの道の駅」でこの辺りの高原野菜を買い求め、その後に併設の喫茶店へと寄りました。
此処も以前ご紹介しましたが、とても広いお店なのにお客さんがどなたもおられません;;。
なんでなのかなぁ;と思うんですけれどね。
それぞれコーヒーやらラテ、紅茶等とケーキを頼んだのですが、出てくるのが遅い;。
道の駅に併設してある喫茶ですし、もう少しスピーディさが欲しいと感じる部分です。
そんなことも関係しているのでしょうか、味は美味しいので余計にそのところだけが惜しく感じられます。
ま、なんだかんだ言いつつも皆して今日のことを振り返りながら次に来る時はお父さんも誘いたいねと話しておられました。
息子さんは船に乗る仕事をしておられるので休みはあってもなかなか日曜日と重ならないのもあるようです。
そんなことで今回はお休みではないご主人とはご一緒出来ませんでした。
ですので次回は10月頃、今度は家族皆さんでお越し頂けるよう、互いに調整しましょうということとなりました。
                




                                            





そのようにして夕方には広島へ戻りました今回の出雲大社参拝の一日、以上でございます。
途中お天気が懸念されましたが、終わってみれば傘を差すこともなくそこそこのお天気に恵まれ、眩しがりの自分にしてみれば西日を浴びながらの
運転ともならず、むしろ好都合でした。
次回はまたどのような旅路となりますか、自分でも楽しみにしておりたいと思います。




                                         
                                             


                                           


                                               




                                              
                                              




朝晩はまだ暖房をつけるような日でしたが、そろそろ暖かくなってくるのでしょうか。
枝垂桜は満開となっておりましたが、こうも寒いとゆっくり鑑賞しようという気になれないのが残念です。
週末はお花見が出来るほどの天候でしょうか、けれどその頃には桜自体が終わりかけのようにも感じております。
なかなか上手く行かないものですね;。
皆様の辺りでは如何でしょうか。


本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございます。
感謝申し上げます。




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