世代が代わると時間の間隔も大きく変わるのかなと思わされる。特に、この8月。今だったら、同じ事の繰り返しをやってるだけで、無茶苦茶熱い中でつまらない日々を過ごしてしまってる感じだけど、子供の頃は夏休みの時期だった。
毎日、友達や親なんかと色んなとこ行って色んな事やりながら過ごしてたが、一日一日が長く感じられて毎日が楽しかったなと思い出される。
何といっても、昼間は必ず外で遊びまくってたし、夜も部屋でテレビなんか見ながらダラッとしてるなんて事はまず無かった。
自分達が子供の頃の遊びの定番みたいになってた、蝉取りは公園が多かったと思うけど、あちこち行きまくってたし、鏡川沿いに子供の頃に廃止された「こどもの国」なんて小さな遊園地もあって、ここにも良く遊びに行ってたし、昔の鏡川には貸しボートがあって、良く使わせてもらってた。
そん時に鏡川から浦戸湾へ抜けるとこに小さな島があって、そこまで友達と2人で行った事もある。
今じゃ殆ど行われてないんじゃないかと思うんだけど、どぶ川でザリガニ捕りなんて事も良くやってたよ。あん時にはアメリカザリガニが殆どだったんだけど、自分達で勝手にニホンザリガニなんて名前付けて分けてたんだが、アメリカザリガニよりもかなり小さかったし、色も全然違ってたけど。
その他には、公園で色んな物使って遊びまくってたし、ちゃんばらごっこやったり、かくれんぼやったり、とにかくもう色んな事やりながら遊びまくってた。だから夏の宿題なんかちゃんとやってたかなと思うと、何とも言えないけど(苦笑)。
ホンとに遊ぶ事ばかりに夢中になってたから。
また、夏の恒例となっている花火大会には必ず連れて貰ってたし、よさこいにも追手筋の方に連れて行ってもらってた。
夜になると、自分達で花火やって喜びまくってた事もあった。今じゃ花火大会にも行かなくなってしまったし、花火もやらなくなってしまってる。
因みに、昔は山内神社の西側だったと思うけど、鏡川に沈下橋が付けられてた。そん当時は、沈下橋なんて言葉も知らなかったから、何も気にする事無く自転車で通り抜けたりしてたことを思い出す。
高知の川で沈下橋というと、仁淀と四万十が浮かぶけど、鏡川にまであったなんて何だか驚かされてしまう。高知の者でも、若い世代の人達には、全くぴんと来ないかもしれないけど。
また、自分は釣りが好きで、友達と一緒に鏡川や高知港へ良く釣りに行ってた。で、鏡川で連れてたのは、主にゴリとハゼ。高知港ではニロギばかりが釣れてたね。当時は、何故かボラがつりたくて仕様が無く、何時もそれを狙って釣りに行ってたんだけどね。思う様には行かないもんだ。
昭和49年に、一寸した理由から高知市から山村へ移り住む様になって、吉野川の源流が流れてたんだけど、狙ってたのはアメゴとニジマス。獲物見つけて狙ってた事もあるんだけど、何故だか釣れるのはイダばっかり。
山村で友達になった奴らも、アメゴやニジマスなんて滅多に釣れてなかったからね。と思って、いつも開き直ってたけど(笑)。
そんな子供の頃を思い出すと、本当にこの8月の1日1日が長く感じられたし、毎日が楽しい日々の連続だった。あの時の頃が懐かしく思えて仕方が無い。
そんな昔の大事な思い出の一つ、通ってた小学校が今年は廃校にされてしまった。跡地には県・市共同の新しい図書館を建てるらしいんだが。卒業式が終った後に、廃墟の工事が始まった時には、自分の通ってた学校が消えるなんて。
だけど小学校だけじゃないんだよね。自分は県立短大にも通ってたんだけど、ここも廃校にされる事になってしまった。校舎はまだ残ってるんだけど、短大は残っていない。
本当に自分が通ってた学校が廃校にされるなんて淋しいよね。山村で通ってた小学校と中学・高校は残ってるけど。
何だか話がそれてしまってる感じもあるけど、時間の感覚に大きな違いがあるんだろうなと思わされる。子供の頃だったら1年が物凄く長く感じられていたのに、現在だとあっという間に過ぎてしまう感じ。
今だったら、同じ事の繰り返しやってる様な生活やってるんだけど、子供の頃だったら学校へ行く前も帰る時にも、友達なんかと和気藹々とやってたし、当時にはいじめなんて事が無くて、和気藹々と楽しく過ごしてた。そして、春休み、夏休み、冬休みなんてあったからね。
今年の8月もあっという間に終ってしまうんだなと思わされるけど、子供の頃には何て思ってたんだろ。子供の頃が懐かしいと同時に、何だか羨ましい。