新幹線で片道1000キロ近く移動して、戻ったらまた売買の契約が重なってる。
ややこしい話が多くなってるのは、あんまり全体の景気が良くないせいで、訴訟事も遅々として進まない。
閉塞感満載、こういう時代に生きる人間たちは、心持ちも小さくなり、性根も歪んで来る。
そうではなくって、地球の大自然を満喫すること、そんなスケールで生きて欲しいね。
日々の数字に追われ、人に追われ、借金返済に追われ・・・それだけの生なんて、すでに終わってるだろう。
さ~、広葉樹の森に足を向ける。
第4番目の癌治療とも言われている免疫療法は、人体が生まれながらに持っている自己治癒能力を強化・活性化して癌を体内から撃退するというようなことで解釈されているようだが、なぜ癌が出来るのか? についてはこれまたナニも答えは出ない、抑制・予防療法になっている。
ましてや人体の持つ免疫に外部から科学的な免疫の種を移植して、それで癌を解消させようとまで話が進んでくると、嘘臭い資本主義の匂いが充満して来る。
理解の仕方は正しいだろうが、その対処の仕方が、またまた新しい難病を作り出すことになるだろう。
個々の人体が持つ免疫が敵わない病に罹ってしまったら、それは寿命と言うことだ。
どんな対処もほんの短い時間稼ぎ。
しかもそこで行われる対処は、健康的な日常を患者から奪うだけの話だ。
俺は生まれた国土の大自然の中で出来得るかぎり遊び呆けて、それで免疫を強化する以外には、無理なことだろうと思って、毎週のようにゲロを吐くまで歩き泳いでクタクタになっておる。
そこで見る景色こそが故郷そのものでもあり、心揺れる絶景にもなる訳だ。
群馬・栃木の北の方の2000m級の山では、すでに雪の報せも入ってる。
この歳にもなると、もともと気に喰わない仕事には手を出さなかった俺は、もっと選ぶようになってる。
昔から逃した魚はデカイ、とか言うが、俺にとってのデカイ魚は、もう人間の世界には無いと想ってる。
何千万、何億のゼニカネを逃したところで、俺の終わりのある人生では、もっと大事なものは他にたくさんある訳で、あくまでもそっちを大事に生きて居る。
子孫のために蓄財する? チンケな人類の希望的観測でしかなく、ロクでもない重荷と邪魔な守りが子孫を覆う。
こうなってくると、タチの悪いオヤジが、もっとタチの悪いオヤジになる。
傑作だな。
片山さつき(59)というニュースが目についた。
俺の方が年上か・・・と呟いたら、まわりに居た連中が絶対に10歳は若く見えると言う。
20キロを超えるザックを担いで、トボトボでも2000m超える山々の稜線を歩いている。
年齢なんてさ、西暦と一緒で、考古学者や歴史学者には大事な数値なんだろうけども、いま生きてる人間には、どうでもエエことでござんすよ。