小渕優子経済産業相(当時)は辞任に追い込まれる前の今月17日、省内の大臣室で電気事業連合会の八木誠会長と向き合った。

 「運転延長を申請する必要がある7基の扱いを早期に示してもらいたい」。小渕氏がいう7基とは、2016年7月時点で運転40年を超え、来年7月に延長申請をしないと廃炉になる古くなった原発のことだ。

 このうち4基を八木氏が社長を務める関西電力が抱える。「できるだけ早く回答したい」。八木氏はそう応じた。

 小渕氏は内閣改造の「看板閣僚」。期待されたのは原発再稼働に理解を広げることだ。とくに、原発への不信が強い女性の説得役として、2児の母でもある小渕氏は適任とされた。

 「廃炉を同時に進める姿勢を明確にしたい」。小渕氏の意向は、原発を減らす姿勢を明確にして原発再稼働を納得してもらうというものだった。それは経産省や電力業界の思惑とも重なった。国の要請があれば、電力会社は立地自治体に廃炉を説明しやすい。当初は単なる表敬訪問だった両氏の会談は、政治的に重要な意味を持つ場となった。

 電力会社廃炉を決断しやすい仕組みづくりも両者の「あうんの呼吸」で進む。廃炉を決めると、1基あたり数百億円の損失計上を迫られるため、損失計上のルールを年度内にも改める。立地自治体に配慮して電力会社廃炉をしぶらないよう、地元への財政支援の検討も始めた。

 8月の経産省・原子力小委員会。事務方は、新設から廃炉まで原発の総費用を回収できる収入を電力会社に保証する英国の仕組みを示し、具体策の検討に着手した。経産省の狙いは、廃炉後の建て替えを含む原発の新増設へ布石を打つことだ。それは、電力業界が求めていたことでもある。

 だが、肝心の廃炉に課題が山積している。

 「原発停止が長引くと年100億円分の仕事が減る」。国は昨年度、原発がある福井県敦賀市と美浜町の経済的な影響について試算をまとめた。廃炉まで踏み込むと、建設工事や作業員の宿泊施設、飲食業などへの影響は「長期停止の比ではない」。敦賀市の河瀬一治市長は強調してきた。

 福井県は昨秋、立地自治体として初めて廃炉対策の専門部署を設けた。近く具体策の検討会議を立ち上げるが、取り組みは始まったばかりだ。美浜原発に近い地元、美浜町丹生区の元区長、庄山静夫さん(61)は言う。「廃炉は建て替えが前提だと思っていた。核燃料だけ置いておくというのは受け入れられない」

 (西村宏治、大津智義)

 

 ■解体手探り、処分場も未定

 茨城県東海村にある日本原子力発電(日本原電)の東海原発。1966年に国内初の商用原発として運転を始めた東海原発は98年に停止し、2001年から廃炉作業が始まった。いまは原電と協力会社の社員ら60~70人が働いている。

 今月21日、原子力規制委員会の田中知委員が視察に訪れた。コンクリートがむき出しになった熱交換器建屋のすぐ横にプレハブ小屋が並ぶ。「遠隔操作室」と呼ばれ、ここで建屋内の設備や機器を切断するロボットアームを操縦する。

 廃炉作業は、原子炉内の核燃料を取り出した後、放射能の影響が小さいところから始める。高さ25メートル、重さ750トンある円柱状の熱交換器は、原子炉で生まれた熱を水に伝える設備。交換器の内部は汚染されているが、作業員が直接内部に入り、機器を使いながら解体することもできる。

 それでもロボットアームを使うのは、放射線量が高い原子炉の解体をみすえ、作業員に操作に習熟してもらうためだ。アームを駆使して3年、ようやく一つを解体し終えた。熱交換器は四つある。全体の廃炉が終わるのは25年度を予定している。

 初期型の東海原発は原子炉を炭酸ガスで冷やす。これから廃炉を進めるのは水で冷やす軽水炉で、廃炉の技術も異なる。田中氏は視察後、「ガス炉の経験がすべて使えるわけではない」と語り、軽水炉廃炉に向けた技術開発を急ぐ必要があると強調した。

 放射性物質を閉じ込めながら、どう作業を進めるのか。中心部分の原子炉圧力容器の解体と撤去をどうするかは「悩みの種」だ。水中で圧力容器を解体すれば放射線を遮ることができるが、汚染水の処理が必要になる。水圧で設備が壊れるおそれもある。空気中で解体すると、放射性物質が飛び散りかねない。

 09年から浜岡原発1、2号機の廃炉を進める中部電力。原子炉などの解体技術の確立はまだ途上で、廃炉の実績が豊富な欧州の原子力関連企業から助言を受けている。浜岡1、2号機からは約48万トンのごみが出る見込み。使用済み核燃料を一時的に保管する「中間貯蔵施設」だけでなく、原子炉などから出る放射性廃棄物の処分場も、どこに整備するかは決まっていないのが現状だ。

 (小堀龍之、川田俊男)

 

 ■コスト負担するのは誰(記者は見た)

 廃炉の判断が迫る原発は7基だけではない。現役の48基のうち、運転開始から30年以上の原発はすでに18基ある。

 東京電力福島第一原発事故が起きるまで、政府や電力業界は原発の寿命を60年間に延ばそうとしていた。民主党政権が原則40年に法改正したことで、20年ほど前倒しで本格的な「廃炉時代」に向き合うことになった。

 「脱原発」を進めるにしても、原発を動かし続けるにしても、古くなった原発の廃炉は避けられない。だが、どう進めていくのかの議論の土台がまったく整っていない。

 最大の課題は、廃炉にともなう膨大なコストを誰が負担するのかだ。原子炉の解体費など、電気料金でまかなう直接的な廃炉費用だけでも、中型炉で1基あたり500億円前後。立地自治体の財政支援や廃炉の技術開発に加え、廃炉で出る使用済み核燃料の一時保管場所や、放射性廃棄物を処分する場所を確保するのにもお金がかかる。お金だけではない。こうした施設を引き受ける「負担」をどこの地域が背負うのかも、先送りされてきた大問題だ。

 原発の「発電コスト」は安いと言われてきた。だが、廃炉による金銭的、社会的な負担に加え、事故対策なども含めた原発の「生涯コスト」はもはや安いとは言えない。

 現役の原発を廃炉にし、廃棄物を安全に処分するのにどれだけの費用と労力がかかり、それをどう負担するのか。客観的なデータで議論を進める場が欠かせない。なし崩しで原発の延命をはかるのではなく、生涯コストを考えた上で、新しく原発をつくる必要が本当にあるのかを見極めるべきだ。

 (福間大介)

 

 ◆キーワード

 <廃炉> 原発は運転終了後も、放射性物質を施設外に漏らさないよう安全に管理する必要がある。電力会社原子炉等規制法に基づき、国に廃止措置計画を提出しなければならない。経済産業省によると、廃炉期間は20~30年で、原発施設の除染、解体、廃棄物の処分などにかかる費用は、小型炉(50万キロワット級)は360億~490億円、中型炉(80万キロワット級)は440億~620億円、大型炉(110万キロワット級)は570億~770億円という。

 

 ◇九州電力川内(せんだい)原発の再稼働手続きと並行して、原発を動かし続けるための仕組みづくりが始まりました。原発事故の教訓はどこまで生かされるのか。「原発延命」の動きを検証します。原則として毎週月曜日の朝刊に掲載します。