中国や韓国を批判する「嫌中憎韓」本の売れ行きが好調な出版界。憎悪をあおるような言説を疑問視しブームに対抗しようという動きが内部から出始めた。

 「中国や韓国を批判する週刊誌の広告の言葉遣いはひどい。電鉄会社に規制を求めるべきだ」

 「週刊誌を出す出版社を敵に回しては、作家も書店も巻き込めなくなる」

 東京都内の出版社の一室で4月下旬、大手から中小まで様々な出版社の社員約20人が議論を交わしていた。他国や他民族への憎悪をあおる言説に出版界の中から歯止めをかけられないか。そんな考えからフェイスブックなどを通じて集まった「ヘイトスピーチ排外主義に加担しない出版関係者の会」のメンバーだ。

 会社に秘密で参加している人も多く、今後どのような活動ができるのかはまだ未知数だが、事務局の岩下結さんは「今の状況をおかしいと思っている人が多いことを示したかった。のろしをあげることに意味がある。今後も会合を開き、出版界全体で考える流れを作っていきたい」という。

 外交関係の緊張を背景に、中国や韓国を批判する本は昨年秋ごろから売れ始めた。今年上半期、新書・ノンフィクション部門の週刊ベストセラーリスト(トーハン)には「韓国人による恥韓論」「犯韓論」など両国をテーマにした本が7冊、トップ10入りした。中でも「呆韓論」は10週連続で1位。濃淡はあるが、いずれも様々な角度から両国を批判する内容で、売り場の目立つ場所で特集している書店も多い。

 こうしたブームに疑問を呈したのが、河出書房新社だ。先月、全国の書店に呼びかけて選書フェア「今、この国を考える」を始めた。「『嫌』でもなく、『呆』でもなく」をキャッチフレーズに、「今読むべき本」として作家いとうせいこうさんら著名人19人が選んだ18冊を紹介。作家平野啓一郎さんは韓国の政治思想史研究者による「帝国日本の閾(いき)」を、ジャーナリスト安田浩一さんは「ヘイト・スピーチとは何か」を選んだ。同社の担当者は「ブームの裏で、生活保護バッシングや女性の貧困、雇用問題など切に問われるべき社会問題が置き去りにされている」と話す。

 ジュンク堂や紀伊国屋書店など全国の約150店がフェア開催に応じた。丸善・名古屋栄店の鈴木朋彦副店長は「書店は多様な本があるところ。韓国、中国に批判的な本に偏るのはおかしいと思っていたところにフェアの案内が来た」。

 中小出版社の業界団体「版元ドットコム」も、「反ヘイト・アンチレイシズム」と題したフェアをネット上で始めた。加盟社によびかけ、11社が賛同。26冊が紹介されている。

 その1冊、関東大震災での朝鮮人虐殺をテーマにした「九月、東京の路上で」は初版2200部が、発売2カ月で既に3刷に。出版元「ころから」の木瀬貴吉代表は「初版を10年かけて売るつもりの本だった。『反ヘイト』であることがこう注目されると思わなかった」。加盟する出版社の高島利行取締役は「書店が売れる本を置くのは自由。それは同時に、嫌中憎韓に反対する本も話題になる可能性がある」と期待する。

 「反・嫌中憎韓」の動きは広がるのか。

 佐藤卓己・京都大准教授(メディア論)は影響力は限定的だとみる。嫌中憎韓本にはマスメディアの報道を疑う内容が多いといい、ブームの背景にはメディアリテラシー教育の影響があるとみるからだ。

 「教育現場では情報に批判的に接する姿勢が強調される一方、やみくもな批判は知的でないとは教えてこなかった。知識の裏付けを欠いた懐疑が陥る危険性が十分に教えられていない。嫌中憎韓本の読者は、自分が批判的思考をしていると思い込み、真面目に読み続けるのではないか」(守真弓