生き物の生命は、たった一つの細胞からスタートする。
自分の体は、手かあり、足があり胴体があって、こんなにも大きいが、出発点は父の精子の一粒が、母の卵子にたどり着き結合して、一つの細胞が二つに、二つが四つに、四つが八つに、八つが十六に、次々と倍加して、鼻や目や毛髪や爪を作ってくれたのである。
ケイ君はケイ君の様に…。
さおりちゃんはさおりちゃんの様に…。
「孝慈なれば則ち忠なり」ー孝、つまり、宇宙の生成力くらい優しくて、愛が深く憐れみの深い力はない。
自分の利益は、まったく意識せずにケイ君はケイ君の様に、さおりちゃんはさおりちゃんの様に、忠(まごころ)をもって生成してくれたのである。
一口に親孝行と言っても、決して自分の両親敬い、感謝するのでない。
両親に働いている宇宙の生成力によって、自分が人間として無事に誕生した事に感激し、感謝するのだ。
例え自分の親が毎日飲みほうけて、遊んでばかりいても、両親に働いていた宇宙の生成力に合掌すればよいのだ。
私たちの体は、何と六十兆以上の細胞によって出来ている。
一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億…と数えていって、兆の数がどれくらいか、まったく想像も出来ない。
しかも、その一つの細胞がしっかりと生きている。
皆な宇宙の生命の群れだ。
ここで、よく考えてみなくてはならないのは、この細胞の一つひとつは、ちょっぴりたりとも、自分の利益を考えていないと言う事だ。
お互いにしっかりと手を取り合って、ケンカ一つもしない。
乱れ苦しむ事もしない。
これでも、宇宙に感謝出来ないのか。