亀は基本的に何かを信仰しているわけではない
何かを疑っているわけでもない
目の前に起きる思いや出来ごとに素朴にむきあっていくだけ
それっていったいなんなのっていう思いを大切にして生きている
なんだかとても説明つかないような出来ごとや現象や思いにでくわしたとき
思いのなかはぐらんぐらに揺れ動く
思いはどこかで安定を求める
説明したがる
自分の納得出来るところで折り合おうとする
まわりの信頼できそうな視点や体験によりかかろうとする
ただ亀はそれでも いまあるこの自分の視点 感性 思い を生きる他ないので
もうだれにも自分を手渡さない
それは他者を信頼しないということではない
信頼するも信頼しないも自分の選択にゆだねられることがはっきりしている
もっといえばこんな自分を信頼できるか 受け入れられるか
ありのままの自分をありのままで いいとかわるいとかではなくて
そうでしかありえない自分をそのままに受け入れられるかどうかにかかっている
でね 亀の初詣でなの
きのうね天気よかったから宇佐神宮に行ったんだよ
みんな 宇佐神宮って知ってる?
けっこう伊勢神宮と張り合ってるんだよ
亀の住んでいる町にあるんだよ
亀ね えらそうな感じがとっても苦手で ちょっとでもえらそうな感じがすると
引いてしまうんだけど それでもね えらそうなのにはそれなりの理由や根拠が
あるわけで それはそれとしてあるていど素直にきかないとね
で で 宇佐神宮にいったのさ
宇佐神宮って九州の大分県宇佐市にあるんだよ
亀のスーパーカブで20分ぐらいのところにあるんだよ
亀の初詣でのはじまりはじまり
途中の池に鯉がいた
亀的にはどうしても必要な看板だね
あっ あっ 写真これ以上のっけられない
どうしてだろ?
おバカな物語が おちのないまま終わってしまう
う、宇佐神宮なんだぞ ど~すればいいんだ