〜花は紅柳は緑〜(柳緑花紅 蘇軾)
〜命短し恋せよ乙女〜(吉井勇)
私は春になるとどうもこの二つの詩を繋げて口ずさんでしまうのだ。
ところがこうした大正浪漫風の似非文人振りが、如何にも隠者に似合っているのでやめられない。
歌人吉井勇は鎌倉の住人だったので、地元人なら「恋せよ乙女」を何と繋げても笑って許されると思う。
ーーー春の野へ古き歌集を持ち出して 古き哀しみ花もて飾れーーー
(吉井勇歌集 悪の華 河原蓬 大正時代)
大正時代の詩集や歌集は古書店でも人気が出て来て、結構値上がりしている。
特にこの「悪の華」のような竹久夢二の絵入り本などはかなり高価で、私も今ならもう買えないだろう。
没落華族であった吉井勇の放蕩の歌を読めば、いかに怠惰な隠者とて制作意欲が湧く。
100年前の遊び人と競うべく、春宵の街へ吟行に出よう。
近所のカフェは蘇芳と桜を並んで咲かせていて、気の利いた取り合せが燈火に映えている。
例の血糖の呪いで、この店にも隠者の食せる物は無いのが残念だ。
ーーー花冷えの店の窓辺の人形の 虚眼に映る朧灯の街ーーー
ウォーミングアップの一首はこんなところで御勘弁。
そろそろこの先にあるお気に入りの桜に月が掛かる時刻だ。
ーーー座を巡る花下の人影美しく 枝の隙間を月の彷徨ふーーー
どっしりとした大幹に比して、旺盛に生えた若枝の花がざわめいている。
大正時代からある路地にふさわしい老木だ。
古都の中心、若宮大路に出た。
ーーー酒家灯り街が紫紺に暮れる刻 朧の谷戸へ我帰る刻ーーー
糖質厳禁の私が入れる飲食店はほとんど無いのが悲しい。
段葛の若桜。(老木は全部伐られた)
春宵一刻値千金。
街に燈が入り空が紺青に染まる15分間程が、花の1日のクライマックスとなる。
今日鎌倉に来た客人達も存分に楽しんでくれただろうか。
おまけに俳諧も一句。
ーーー春宵の貸衣装もう時間切れーーー
©️甲士三郎