(ケルト風の家 リリパットレーン)
この穢土濁世にあれば誰しもが何処かに精神の不可侵領域、夢幻界の楽園に孤塁を築くべきであろう。
私なら俗事に患わされず誰にも邪魔されずに隠者生活を送れる環境が理想だが、普通人でもせめて珈琲を飲みながら静かに思索に耽る場所くらいは欲しいと思う。
少し下界の雑誌や動画を調べてみると、最近英国のカントリーコテージとガーデニングが沢山紹介されているのが目に付いた。
森と田園が調和する土地に古い石積みの壁と茅葺屋根、そこに藤や蔓薔薇が這い登り屋根の上では白鳩が休んでいる。
ちょっとした家庭菜園に鶏と山羊を飼って、家の中に入れば家伝のアンティークの家具什器に壁の絵画。
そのままファンタジー映画のワンシーンになる様な、理想の隠者ライフだ。
(スコットランドの農家 リリパットレーン)
私も英国製リリパットレーンのミニチュアコテージをいくつか持っている。
このミニチュアは英国各地に実存する古建築と庭に周囲の自然まで再現した、イギリス人が自分の理想の暮しを夢見るのに最適のグッズで、コレクターも世界中にいる。
こじんまりした森の小屋や薔薇園の館から、ジオラマ風に並べて村や街並を作り仮想の領国経営を夢想する人もいて、美しい住環境の良いお手本にもなっている。
ここで注目したいのは今でも英国には気候風土、歴史と伝統に育まれた生活の美学哲学が脈々と受け継がれているところだ。
哲学と言うよりも生活に根付いた理想世界の具体例と言うべきか、貧富の差なく享受出来る自然と調和した田園の簡素な暮しで、いわば隠者も常に夢想して止まない楽園の建立だ。
(夢幻界での隠者の家 アップルサイダーコテージ リリパットレーン)
日本人なら明治大正時代の地方郷士の生活あたりを想起すれば良いのだが、和服と畳の暮しは作法にうるさ過ぎて現代人には敬遠されてしまった。
一国一民族の美意識が文化として子孫に継承されないなら、どんなに優れた建築も美術品でも只の邪魔な粗大ゴミとなる運命だ。
日本人は伝統の暮しの叡智を捨てて、果たして幸福になり得るのだろうか。
まあ100年前の不自由な暮しに比べればジーンズとTシャツにコンビニ食の手軽さは、そこに精神性さえ求めなければ満足出来る生活かも知れない。
©️甲士三郎