鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

242 永井荷風の散歩道

2022-04-28 13:23:00 | 日記

4月30日は永井荷風の命日なので、その前に先年買っておいてまだ読んでいない彼の本を見ておこう。


私が荷風の著作で最も興味を惹かれるのは、小説よりも荷風自身の日常身辺や散歩の随筆だ。

散歩時には江戸名所図絵や古地図を携えて、あちこちぶらついていたようだ。



(濹東綺譚 初版 すみた川 永井荷風 カフェオレボウル フランス19世紀)

この「すみた川」は小説と言うより荷風の愛した古き良き江戸東京の散歩随筆だ。

彼はすでにこの時代に、都市開発で失われ行く江戸以来の町並みや風習を度々惜しみ嘆いている。

更に谷崎潤一郎や吉井勇らも関東大震災後の大規模開発に嫌気がさし、変貌する東京を見捨てて逃げ出している。

戦後の鎌倉でも大佛次郎や鏑木清方の随筆を読むと、宅地開発による自然破壊と洋風化して行く町の変貌を嘆いている。

彼等が最低限の様式美さえ無くした今の東京や鎌倉の成れの果てを見たらどう思うだろうか。


また永井荷風は大の俳句好きで硯友社仲間の巌谷小波や泉鏡花らと、終生に渡って句会(木曜会)を楽しんでいた。



(自筆短冊 永井荷風 益子珈琲碗 皿 花入 昭和前期)

「名も知らぬ路地の福荷や桐の花」荷風。

自分達では「遊俳」と称して専門俳人達とは一線を隠していたが、当時の評判では正岡子規らの日本派と並び立っていたようだ。

この短冊は名句と言うほどでは無いものの、下町の路地に桐の花と言う格の高い花の取り合わせが気が利いている。

そんな古風な路地の散歩を深く味わっていた荷風の心境は、我々現代の鎌倉人でも大いに共感出来る。

命日には彼が好きだった甘めのミルクコーヒーを御供えしておこう。


硯友社の作家達の句会は皆心から楽しそうに、売文稼業の方は適当に不真面目に生きたところが立派だと思う。



(おもかげ 初版 永井荷風 瓜形堆朱合子 九谷花入 大正〜昭和初期)

鎌倉文士の久米正雄も「俳句をやっている時だけは、売文稼業では味わえない芸術家の気分になれる」と言っている。

自らは「遊俳」と嘯きつつ、彼らの方がプロの俳人達よりずっとに純粋に俳句を楽しんでいたと思える。

「おもかげ」は荷風が戦前に出した自選100句と随筆集。

句集の多くを占める身辺の茶飯事や路地散歩の句から、荷風の詩的で文人らしい日々の暮らし振りが良くわかる。


風薫る今頃は鎌倉の路地散歩には最も良い時季なのだが、生憎今週は雨続きの予報だ。

せめて古人の散歩随筆と散歩俳句で楽しもう。


©️甲士三郎


241 楽吟の若葉道

2022-04-21 14:16:00 | 日記

普段はもっと良い句歌を作らねばと苦吟に苦吟を重ねているのだが、我が終生の一大テーマである桜の時が過ぎて若葉新緑の頃は毎年気が抜ける。

なので今日は気楽に駄作を垂れ流しながら若葉の道を散歩に出よう。


そう言いつつも気が抜けているのでぐずぐずと珈琲を啜っているうちに、昼過ぎとなってしまった。



(青南京陽刻壺 清朝時代 小石原珈琲碗 昭和前期 唐津小皿 明治時代)

我が荒庭の若楓をちょっと剪って緑の古壺に活け、珈琲碗も緑釉の物を選んだ。

この小粒の草餅は1個だけなら私も食べられる。

卓上に創った緑の世界の出来が結構気に入って夢幻に浸っていると、あっという間に時は過ぎゆく。

さあ昼食後は遅まきながら町に出掛けよう。


先週お見せした廃墟の蒲公英が、もうすっかり穂綿になっている。



ーーー蒲公英の絮吹き上げる廃墟かなーーー

若草も先週からだいぶ伸びて来て、土の色が見えていたのが緑に覆われている。

この景色にはショパンのピアノ曲が合いそうだなどと、また音楽を聴き出すと1日が過ぎてしまうので先へ行こう。


永福寺跡を先に進んで山際の小道。



この奥は鎌倉武士で島津家の祖、島津忠久の廟がある。

観光スポットでも無く静かな場所なので、隠者好みの散歩コースとなっている。

ーーー若葉山出でて濁世の愉しみへーーー


月に12度は鎌倉に何軒かある骨董店と古書店巡りをする。

古の隠者が山を出て市井に買い出しに行く気分だ。

ーーー古本屋巡りに著莪の咲く小道ーーー



ーーーどの庭も何か花咲く鎌倉の 若葉の路地を古本屋までーーー

こういった路傍の花も最近は安価な草刈機が普及したせいですぐに刈られてしまう。

あるいは不況であぶれた業者が安く請け負っているのか、市中至る所で年中草刈を見かける。

永井荷風も随筆で路傍の草花を刈るなと言っているが、わたし如きが何を言っても世間は雑草としか見ないだろう。


この先予報では雨の日が多く牡丹園の取材の予定が立たない。

近年は牡丹がゴールデンウィークまで持たないので、何かせわしい晩春だ。


©️甲士三郎


240 行く春の谷戸

2022-04-14 13:21:00 | 日記

鎌倉はこの34日が春の盛りだった。

まだ遅咲きの桜は咲いているが樹々は芽吹きの色となり家々の藤や躑躅が咲き出し、来週からの私は牡丹と薔薇の絵の取材だ。


行く春の谷戸の山々は1週間で全く違う彩りを見せている。

ーーー芽吹時囀の時谷戸中が 鶯餅の色となる時ーーー



我が谷戸の低山は自然の雑木に山桜や椿が混じっていて、古の大和絵に描かれているような春色が楽しめる。

現代では各地の里山のほとんどが植林の杉だらけになっていて、日本古来の自然林はなかなか見られなくなってしまった。

そんな谷戸の庭で鶯や蛾眉鳥が鳴き競う朝は、正に神仙境に目覚めたようで清々しい。


春陽溢れる午後は近所の廃墟の草地に、古い詩集を手にふらふらやって来た。



周囲の大石は永福寺跡(鎌倉時代)の石組の残骸だ。

本は三木露風の詩集「幻の田園」初版。

BGMにストラビンスキーの「春の祭典」あたりを選べば、蒲公英の野辺に妖精達も現れよう。

病母介護の軛さえ無ければ弁当でも持って、春の日がな一日をこの廃園でぼんやり過ごしたいところだ。


宵からは名残の花を活けて名筆の軸を眺めて過ごそう。



(春景五絶 貫名菘翁 江戸後期)

貫名菘翁(海屋)は詩書画三絶全てに秀でていて幕末三筆として名高い。

温雅で格調高い作風が隠者好みで、折々の我が精神生活を深めてくれる。

近年の古書画軸物の暴落時に、運良く四季それぞれ数本入手出来た。


花時の麗かな日和は3〜4日だけで行く春を惜しむ暇も無く、鎌倉の谷戸は新緑に埋まりすぐに長い夏がやって来る。

こうなると春の1日は夏日の数日分の価値があると思って、残余の生を過ごすべきだろう。


©️甲士三郎


239 春野の詩集

2022-04-07 13:25:00 | 日記

23日前の花冷えと言うより冬に冴え返ったような気候の後、ようやく暖かく長閑な春らしい日となった。

近年の気候変動のせいで春が短く夏が長くなってしまい、こんな日和は年にほんの数日あるか無いかだ。


そんな貴重な麗日には良い詩集でも持って外に出て、精一杯我が楽土の春を味わいたい。



(阿久悠自選詞集 初版 益子湯呑 昭和前期)

最近見つけた昭和歌謡の巨匠阿久悠の歌詞集。

昭和世代なら誰でも知っているような名曲のかなりの数がこの阿久悠の作詞だった。

春陽遍き野辺で我が若き日のノスタルジーに浸っていれば、折良く紋白蝶が来て茶盆の上でしばし舞って行く。

「雪が舞う、鳥が舞う、一つはぐれて夢が舞う。」

森進一の歌った阿久悠作詞の「北の蛍」は昭和演歌の最高傑作だった。(北の蛍はこの自選詞集出版の次の年)


また阿久悠が作詞家を目指したのは西條八十の詩に感動したからだと自身で語っている。



(西條八十詩集 砂金 共に初版 古瀬戸ポット 明治時代 益子マグカップ 昭和初期)

西條八十は「唄を忘れた金糸雀(カナリア)」など一連の童謡が有名で本格詩人としては忘れられているが、私は薄田泣菫蒲原有明の次代を担った大詩人だと思っている。

処女詩集「砂金」は今も古書界では希少本扱いで美麗初版本は入手し難く、写真の物は結構痛みがあったので隠者でも買える価格だった。


そして次の写真の本こそ今も一部の文芸ファンに絶大な人気のある、その名も「少女純情詩集」だ。



(少女純情詩集 初版 西條八十)

この詩集は当時の良家の子女達に熱狂的に支持され、後世の少女小説や日本が世界に誇るべき少女漫画文化に大きな影響を与えた。

この頃は一般家庭教育においても少年少女向けの良質な出版物が求められていた時代だった。

可憐な菫草の紫と装丁画の金色が春陽に調和して、我ながらこの春の写真の収穫の1枚となった思う。


いくらでも来ると思っていた真に春らしい麗日が、この先はもう年に23日づつしか来ないと知れば惜春の情はいよよ強まる。

諸賢も俗事にかまけてこの天恵の麗日を無駄にしないように祈っている。


©️甲士三郎