今日はチケットを持っていながら行っていませんでした「どうする家康」浜松大河ドラマ館に行ってきました。実は昨日行く予定でしたが浜松城が近づいた時点で「チケット持ってきた?」って妻に聞いたら「えっ行くの、チケット持ってきてないよ。五社神社行くのは聞いていたけど」こんな会話があって昨日は行けませんでした。
そして今日仕切り直しです。
大河ドラマ館は2月のプレオープンの時に行きました。もちろんその後の本オープンはグレードアップしていると思います。でも4月に岡崎の大河ドラマ館を先に行ってしまったんですよね。
ちょうど入場するときは多くの方が来ていましたので入場までに少々時間がかかりました。
入館したところにこの画像があります。
中はどこの大河ドラマ館でも共通しているのはセットの一部と出演者の使用した衣装の公開、出演者のパネル展示と映像による展示とまあ同じような感じでした。
出演者と等身大のパネルと写真を写せるスポットもあります。
大河ドラマ館を見終わって外に出ると、入場者の列も解消されていました。一番ピークの時間帯に来てしまったのでしょうか。
プレオープンの時にも行きましたが、前を走る国道152号線挟んで反対側に「元城東照宮」がありますがここで前回御朱印がいただけませんでしたので再び訪れました。
今日は頂ける日でした、1月までは第2第4日曜日に頂けるという事でした。それ以外はイベント時に頂けるという事でなかなかレアな御朱印でした。
この後近くですので家康の足跡を追って「浜松八幡宮」に立ち寄ってみました。
天慶元年(938年)現在の場所に遷座されたと伝えられています。永承6年(1051)には源義家公(八幡太郎)により八幡二柱の神が勧請され、多くの武家庶民の崇敬を集めました。
徳川家康公は浜松入城以来、武家の守護神・浜松城鬼門鎮守、鬼門降伏の氏神として当宮を信仰し、開運招福・武運長久を祈って度々参拝したといわれます。
昨日の五社神社同様、夏越大祓茅の輪が設置されていました。
御神木「雲立楠」樹齢1000年を超える巨樹です。
この樹の言い伝えとして「元亀3年(1572)三方原の合戦において甲斐の武田信玄に敗れた徳川家康公は武田方の追っ手を逃れて八幡宮境内へたどり着き、楠の洞穴に身を潜め、難を逃れたと伝わります。その際、洞穴の中で家康公が一心に八幡神を拝すると、楠より瑞雲が立ち昇り、神霊が白馬に跨った老翁の姿となって浜松城へと公を導いたといわれます。」
雲立楠の全景。
本殿。
本殿の隣に赤い鳥居が何本か建っています。
この先に「末社 浜松稲荷神社」商売繁盛、事業繁栄、家内安全の神徳を持つ神として信仰されています。
その隣に
「摂社 東照宮」ここにも東照宮がありました。浜松八幡宮と縁深い徳川家康公をお祀りするお社として、正徳4年(1714)に奉斎されました。
浜松八幡宮に来たのは3回目ですが、いつもよりゆっくり参拝して来ました。
また機会がありましたら今年の大河ドラマの主役徳川家康の足跡を追ってみたいと思います。
そして今日仕切り直しです。
大河ドラマ館は2月のプレオープンの時に行きました。もちろんその後の本オープンはグレードアップしていると思います。でも4月に岡崎の大河ドラマ館を先に行ってしまったんですよね。
ちょうど入場するときは多くの方が来ていましたので入場までに少々時間がかかりました。
入館したところにこの画像があります。
中はどこの大河ドラマ館でも共通しているのはセットの一部と出演者の使用した衣装の公開、出演者のパネル展示と映像による展示とまあ同じような感じでした。
出演者と等身大のパネルと写真を写せるスポットもあります。
大河ドラマ館を見終わって外に出ると、入場者の列も解消されていました。一番ピークの時間帯に来てしまったのでしょうか。
プレオープンの時にも行きましたが、前を走る国道152号線挟んで反対側に「元城東照宮」がありますがここで前回御朱印がいただけませんでしたので再び訪れました。
今日は頂ける日でした、1月までは第2第4日曜日に頂けるという事でした。それ以外はイベント時に頂けるという事でなかなかレアな御朱印でした。
この後近くですので家康の足跡を追って「浜松八幡宮」に立ち寄ってみました。
天慶元年(938年)現在の場所に遷座されたと伝えられています。永承6年(1051)には源義家公(八幡太郎)により八幡二柱の神が勧請され、多くの武家庶民の崇敬を集めました。
徳川家康公は浜松入城以来、武家の守護神・浜松城鬼門鎮守、鬼門降伏の氏神として当宮を信仰し、開運招福・武運長久を祈って度々参拝したといわれます。
昨日の五社神社同様、夏越大祓茅の輪が設置されていました。
御神木「雲立楠」樹齢1000年を超える巨樹です。
この樹の言い伝えとして「元亀3年(1572)三方原の合戦において甲斐の武田信玄に敗れた徳川家康公は武田方の追っ手を逃れて八幡宮境内へたどり着き、楠の洞穴に身を潜め、難を逃れたと伝わります。その際、洞穴の中で家康公が一心に八幡神を拝すると、楠より瑞雲が立ち昇り、神霊が白馬に跨った老翁の姿となって浜松城へと公を導いたといわれます。」
雲立楠の全景。
本殿。
本殿の隣に赤い鳥居が何本か建っています。
この先に「末社 浜松稲荷神社」商売繁盛、事業繁栄、家内安全の神徳を持つ神として信仰されています。
その隣に
「摂社 東照宮」ここにも東照宮がありました。浜松八幡宮と縁深い徳川家康公をお祀りするお社として、正徳4年(1714)に奉斎されました。
浜松八幡宮に来たのは3回目ですが、いつもよりゆっくり参拝して来ました。
また機会がありましたら今年の大河ドラマの主役徳川家康の足跡を追ってみたいと思います。