古い川柳に「居候(いそうろう)置いて合わず居て合わず」と言うのがありますが、どういうわけか居候と川柳とは仲が悪い。
「居候足袋の上から爪をとり」
「居候角な座敷をまるく掃き」
「居候しょうことなしの子煩悩」
「居候三杯目にはそっと出し」
というのは、まことにしおらしい居候だが、
「居候出さば出る気で五杯食い」
なんて図々しいのがいる。中でも困るのは、
「出店迷惑様付けの居候」
どうにも扱いに困り、置くほうで逆に居候に遠慮するなんていうのもある。
お出入りの鳶頭(かしら)が、お店の若旦那が道楽が過ぎて勘当されたのを預かるというのが、よくある話で…… 。
「ちょいと、お前さん。どうするんだい」
「ちょいと、お前さん。どうするんだい」
「何を?」
「何をじゃないよ。二階の居候だよ。いつまで置いとく気なんだい」
「うん、弱ったな。居候を置くったって猫じゃねえから、はっきり日を切って置いたわけじゃねえ。
まあ、あの人のおとっつぁんに、俺は昔ずいぶん世話になったからなあ。
あの人が居るところがないっていうのに、見て見ぬふりもできねえじゃねえか。まあ、少しのことは我慢しなよ」
まあ、あの人のおとっつぁんに、俺は昔ずいぶん世話になったからなあ。
あの人が居るところがないっていうのに、見て見ぬふりもできねえじゃねえか。まあ、少しのことは我慢しなよ」
「お前さんは、世話になったかどうか知らないけれど…… 本当にあんな無精な人はありゃあしない。
一日中ああして、寝たっきりなんだから、そのくせ飯時分になると二階からぬうっと降りてきて、お飯(まんま)を食べちまうと、また二階へ上がって寝てしまうんだから呆れるよ。掃除もしたことあないし、汚いったらありゃしないよ。
あんまり何にもしないから『若旦那、あなたは横のものを縦にしようともしないんですね』って言ったら、『じゃあ、その長火鉢を縦にしようか』だって、癪(しゃく)に障るったらありゃしない。
お前さんが口を利いたのが災難の始まり、こうやって家へ引っ張って来たのは、お前さんだからいいけど、あたしゃ、ご免だよ」
一日中ああして、寝たっきりなんだから、そのくせ飯時分になると二階からぬうっと降りてきて、お飯(まんま)を食べちまうと、また二階へ上がって寝てしまうんだから呆れるよ。掃除もしたことあないし、汚いったらありゃしないよ。
あんまり何にもしないから『若旦那、あなたは横のものを縦にしようともしないんですね』って言ったら、『じゃあ、その長火鉢を縦にしようか』だって、癪(しゃく)に障るったらありゃしない。
お前さんが口を利いたのが災難の始まり、こうやって家へ引っ張って来たのは、お前さんだからいいけど、あたしゃ、ご免だよ」
「そこを何とか我慢して、まあ、世話をしておけば、先行き、またいいこともあろうから…… 」
「何がいいことがあるものかね。だってそうだろう。親身の親でさえ呆れる代物(しろもの)だよ。
もうご免だよ。嫌だよ。どうしてもお前があの人を置くというなら、あたしが出て行くからいいよ」
もうご免だよ。嫌だよ。どうしてもお前があの人を置くというなら、あたしが出て行くからいいよ」
「おい、馬鹿なことを言うなよ。居候とかみさんと、とっかえこしてどうするんだよ。
じゃ、まあ、何とか話をしよう」
じゃ、まあ、何とか話をしよう」
「頼むよ」
「しかし、そこでおめえが、ふくれっ面をしていたんじゃ具合が悪いから、隣の婆さんのところへでも行ってろ。 ……うちのかかあもうるせえが、なるほど二階の若旦那も若旦那だ。
もう昼過ぎるってえのに、よくもこうぐうぐう寝てられたもんだよな。
……もし、若旦那、おやすみですかい。ちょいと、若旦那ッ」
もう昼過ぎるってえのに、よくもこうぐうぐう寝てられたもんだよな。
……もし、若旦那、おやすみですかい。ちょいと、若旦那ッ」
「へっへっ、いよいよ来ましたよ『雌鳥(めんどり)すすめて雄鶏(おんどり)時刻(とき)をつくる』ってやつだ」
「もし、若旦那ッ」
「このへんで返事をしないと気の毒だな。 ……なーに寝ちゃいないよ」
「起きてるんですかい?」
「起きているともつかず、寝ているともつかず…… 」
「どうしてるんです?」
「枕かかえて横に立ってるよ」
「何をくだらないことを言ってるんです。ちょっと話があるんですよ。降りてきてください」
「急ぎの話か?」
「大急ぎですよ」
「じゃ、お前が上がって来たほうが早いよ」
「無精だね、まったく。さっさと降りておいでなさい」
「いま降りるよ。うるせえなあ。ああ、嫌だ。家にいる時分には、若旦那だの坊ちゃんだの…… 滑った転んだ言いやがった。つくづく人生居候の悲哀を感じるってえやつだな」
「何をそこに立って、もぞもぞ言ってるんです。早く顔を洗いなさい」
「洗うよ、洗いますよ。朝起きりゃ猫でも顔を洗ってらあ。況や人間においてをやだ。
……しかし、顔を洗うったっておもしろくないね。道楽している時分には、女の子がぬるま湯を金たらいへ汲んで、二階へ持って来てくれる。口をゆすいで、いざ顔を洗う段になると、女の子が後ろに回って、袂(たもと)を押さえてくれるし、ものが行き届いている。
それにひきかえ、ここの家はどうだい。金だらいぐらい買ったっていいじゃないか。この桶(おけ)というものは不潔きわまりない。嫌なもんだね。
雑巾(ぞうきん)を絞っちゃ、またこれで顔を洗うんだからなあ。衛生の何たるやを知らねえんだ。
第一、この桶に顔を突っ込んでいると、まるで馬が何か食ってようじゃないか」
……しかし、顔を洗うったっておもしろくないね。道楽している時分には、女の子がぬるま湯を金たらいへ汲んで、二階へ持って来てくれる。口をゆすいで、いざ顔を洗う段になると、女の子が後ろに回って、袂(たもと)を押さえてくれるし、ものが行き届いている。
それにひきかえ、ここの家はどうだい。金だらいぐらい買ったっていいじゃないか。この桶(おけ)というものは不潔きわまりない。嫌なもんだね。
雑巾(ぞうきん)を絞っちゃ、またこれで顔を洗うんだからなあ。衛生の何たるやを知らねえんだ。
第一、この桶に顔を突っ込んでいると、まるで馬が何か食ってようじゃないか」
「何をいつまで、ぐずぐず言ってるんです。早く顔を洗っちまいなさいよ」
「もう洗ったよ」
「洗ったって、あなた、顔を拭かないんですか」
「吹きたい気持ちはあるんだけどね。この間、手拭(てぬぐい)を二階の手すりへ掛けておいたら、風で飛ばされちゃったんだ。それからというものは、顔を拭かない」
「どうするんです?」
「干すんだよ。お天気の日には乾きが早い」
「だらしねえな。どうも…… 手拭あげますから、これでお拭きなさい」
「ああ、ありがとう。やっぱり顔は干すよりも拭いたほうがいい気持ちだ。ちょいと待ってくれ」
「ぷッ、さんざ朝寝をして拝んでる。何を拝んでるんです?」
「何を拝む? 朝起きりゃ、今日様へご挨拶するのが当たり前だ」
「お天道様を拝んでる?」
「そう」
「もう西へ回ってますよ」
「そうか、じゃあ、お留守見舞いだ」
「お留守見舞いさんざ、いいやね。 ……まあ、くだらねえことを言ってないで、お茶が入ったからおあがんなさい」
「いや、ありがとう。朝、お茶を飲むってえのはいいね。朝茶は、その日の災難を除けるなんてえことを言うくらいだから…… 早速、頂こう…… うん、だけど、もう少しいいお茶だといいんだがなあ。
不味いお茶だ。これ、買ったんじゃないだろう? お葬式(とむらい)のお返しかなんかだろう?
それにお茶請けが、何にもないっていうのは情けないな。せめて塩せんべいでも…… 」
不味いお茶だ。これ、買ったんじゃないだろう? お葬式(とむらい)のお返しかなんかだろう?
それにお茶請けが、何にもないっていうのは情けないな。せめて塩せんべいでも…… 」
「うるさいね、あなたは…… 」
「ああ、どうもごちそうさま。では、おやすみなさい」
「何です。おやすみなさい…… って、いい加減にしなさい。実はね、こんなことはわたしも言いたくはないんだ」
「そりゃそうでしょう。あたしも聞きたくない」
「じゃ、話ができない」
「へへ、おやすみなさい」
「まあ、待ちなさい。 ……実はね、今、うちのかかあの奴が…… 」
「わかった、わかった。お前の言わんとすることは…… 。さっき雌鳥がさえずった…… 」
「「雌鳥? 何です?」
「うん、つまり、おかみさんが、わたしのことについて、ぐずぐず文句を言ったわけだ」
「いえ、うちのかかあのほうも悪いには違いないが、 ……ねえ、若旦那、あなたもいつまでもうちの二階で、ごろごろしててもしょうがありませんから。
どうです、あたしはあなたのことを思って言うんだが、一つ、奉公でもしてみようなんてえ気持ちになりませんか?」
どうです、あたしはあなたのことを思って言うんだが、一つ、奉公でもしてみようなんてえ気持ちになりませんか?」
「ああ、奉公かい。いいだろう、奉公もなあ。あたしが居るために、お前がおかみさんから文句を、ぐずぐず言われるのでは、あたしとしても忍びない。
まあ、あたしさえ居なければ、揉め事もなく、まるく納まるのなら、その奉公っての、行こうよ。
え? 何処なんだい、その奉公先てえのは?」
まあ、あたしさえ居なければ、揉め事もなく、まるく納まるのなら、その奉公っての、行こうよ。
え? 何処なんだい、その奉公先てえのは?」
「そうですか、行きますか。場所は小伝馬町ですがね。あたしの友だちで桜湯をやってまして、奉公人が一人欲しいと言ってます。どうですか、湯屋は?」
「ほう、湯屋。女湯、あるかい?」
「そりゃ、女湯はありますよ」
「うふふふ、行こう、行こうよ」
「じゃ、手紙書きますから、それを持ってらっしゃい」
「そうかい、じゃあ行ってみよう。お前の家にもずいぶん世話になったな」
「いえ、まあ、お世話てえほどのことはできませんでした」
「ああ、そりゃまあそうだが」
「何だい、ご挨拶ですねえ。 ……まあ、お辛いでしょうが、一つ、ご辛抱なすって…… またお店のほうへは、わたしが行って、大旦那に会って、よく話しておきますから」
「ああ、わかったよ。おかみさんによろしく言っとくれ。そうだ、世話になったお礼といっちゃなんだが、お前の家へ何か礼をしたいなあ」
「礼なんざいりません」
「いや、何か礼をしたいね。そうだ、どうだい、十円札の一枚もやろうか」
「若旦那、そんな金持ってるんですか?」
「いや、持ってないから、気持ちだけ受け取って…… そのうちの五円を、あたしにおくれ」
「馬鹿なことを言っちゃいけませんよ」