長屋の連中は言います。
「いいえね。下の方が…… 上の方でみんな本物を食ってますからね。ひょっとすると、うで玉子なんか、ころころっと転がってくる。それを、あたしは拾って、皮をむいて食っちまう」
「いいえね。下の方が…… 上の方でみんな本物を食ってますからね。ひょっとすると、うで玉子なんか、ころころっと転がってくる。それを、あたしは拾って、皮をむいて食っちまう」
「そんなさもしいことを言うなよ…… まあ、どこでも、おめえたちの好きなところへ陣取って、毛氈(もうせん)を敷くがいいや」
「へい。毛氈…… 毛氈の係、いなくなっちゃったじゃねえか」
「あれ、あんなところでぼんやり突っ立って、本物を羨(うらや)ましそうに見てやがら…… 見てったって飲ませてくれるわけじゃねえや。おーい、むしろの毛氈持って来いッ」
「おいおい、両方言う奴があるか」
「だって、そうでも言わなくちゃ気がつきませんから…… おうおう、こっちだ、こっちだ」
「さあ、ここへ毛氈を敷くんだ。あれっ、どうするんだ。こんなに横に細長く並べて敷いて?」
「こうやって、一列に座りましてね。通る人に頭を下げて…… 」
「おい、乞食の稽古(けいこ)するんじゃねえや。みんなで丸く座れるように敷け―― そうだ、あの、重箱を真ん中に出してな。湯飲み茶碗はめいめいが取るんだ。
さあ、一升びんは、いっぺんに口を抜かないで、粗相(そそう・あやまちのこと)するといけないからな。一本ずつ抜くとようにしてな。
酌(しゃく)はめいめいに…… みんな茶碗は持ったか、さあ、今日はみんな遠慮なくやってくれ。
俺の奢(おご)りだと思うと気詰まりだから、今日は無礼講(ぶれいこう・堅苦しい礼儀を抜きにしてという意味)だ。さあさあ、お平らに、お平らに…… 」
さあ、一升びんは、いっぺんに口を抜かないで、粗相(そそう・あやまちのこと)するといけないからな。一本ずつ抜くとようにしてな。
酌(しゃく)はめいめいに…… みんな茶碗は持ったか、さあ、今日はみんな遠慮なくやってくれ。
俺の奢(おご)りだと思うと気詰まりだから、今日は無礼講(ぶれいこう・堅苦しい礼儀を抜きにしてという意味)だ。さあさあ、お平らに、お平らに…… 」
「ちえッ、こんなところでお平らにしたら、足が痛えや、本当に」
「さあ、遠慮しないで、飲んだ、飲んだ」
「誰が、こんな酒を飲むのに遠慮する奴があるものか。ばかばかしい」
「何?」
「いえ、こっちのことで…… 」
「じゃ、わたしがお毒味と、一杯いただきましょう」
「いいぞ、いいぞ」
「なるほど、色は同じだね。色だけは本物そっくりだ。これで飲んでみると違うんだから情けねえや」
「口当たりはどうだ? 甘口か、辛口か?」
「渋口ッ」
「渋口なんて酒があるか…… これは灘(なだ)の生一本だから、いい味だろう」
「そうですね。いろいろ好き好きがありますが、あたしゃ、何と言っても、宇治が好きですね」
「宇治の酒なんてのはあるかい…… さあ、やんなやんな、ぼんやりしてないで…… 」
「ええ、普段あんまり冷ややったことがないもんですから」
「燗(かん)にしたほうがよかったかな。土びんでも持ってきて、燗でもすればよかったな」
「燗なんてしなくたって…… 焙(ほう)じたほうがいい」
「よさねえか。何でも酒らしく飲まなくちゃいけないよ。もっと、一献(いっこん)、献じましょうかとか、何とか言ってやってごらん。みんな傍(はた)で見てるじゃないか」
「あ、そうですか。じゃあ、金ちゃん、一献、献じよう」
「いや、献じられたくねえ」
「おい、断わるなよ。みんな飲んだじゃねえか。おめえ一人が逃れるこたあできねえんだよ。これも全て前世の因縁だと諦(あき)めて…… なむあみだぶつ…… 」
「おい、変な勧め方するない」
「おう、俺に酌(つ)いでくれ」
「そう、その調子…… 」
「いや、さっきから喉(のど)が渇(かわ)いてしょうがねえんだ」
「おい、いちいち変なことばかり言ってちゃいけねえ。それで、一つ酔いの回ったところで、景気よく都々逸(どどいつ・唄の一種)でも始めな」
「こんなもんで唄ってりゃあ、狐に化かされたようなもんだ」
「どうも困った人たちだな。さあ、幹事はぼんやりしてねえで、どんどん酌をして回らなくちゃしょうがねえじゃねえか」
「悪いとき幹事を引き受けちゃたな。おう、じゃあ、一杯いこう」
「じゃあ、ちょいと、ほんのお印でいいよ…… おいおい、ほんのお印でいいって言ってんのに、こんなに一杯ついでどうするんだ? おめえ、俺に恨みでもあんのか? 覚えてろ、この野郎ッ」
「なんだな、一杯ついで貰ったら、悦(よろこ)べ」
「悦べったって、冗談じゃねえ。あっしゃあ、小便が近えから、あんまりやりたくねえ。おう、そっちへ回せ」
「おっと、あっしは下戸(げご・酒が飲めない人)なんで…… 」
「下戸だって飲めるよ」
「下戸なら下戸で、食べるものがあるよ」
「一難去って、また一難」
「何?」
「いえ、何でもないです。こっちの独り言…… 」
「それじゃ、玉子焼きをお食べ」
「ですが…… あっしは、この頃すっかり歯が悪くなっちまって、いつもこの玉子焼きは刻んで食べるんで…… 」
「玉子焼きを刻む奴があるもんか…… それじゃあ、今月の月番と来月の月番、玉子焼きを食べな」
「じゃあ、なるたけ小さいやつを…… 尻尾(しっぽ)でねえところを…… 」
「玉子焼きに尻尾があるか。よさねえか…… 寅さん。お前、さっきから見てるけど何も口にしないな。食べるか飲むかしなさい」
「すいません。じゃあ、その白いほうを貰いますか」
「色気で言うやつがあるか…… 蒲鉾(かまぼこ)と言いなよ」
「そう、そのぼこ」
「何だそのぼこたあ。おい、蒲鉾だそうだ。取ってやれ」