9.24。
金曜日までの雨が嘘みたいに、残暑の日差しが照り付ける
そんな秋晴れの日。
一人のアイドルの、卒業コンサートが行われました。
そのアイドルの名前は「大矢真那」。
彼女を知る人はきっとそんなに多くないと思う。
SKE48と言えば?
この問いに対して出てくるのは、
松井珠理奈だろう。
卒業したけど、松井玲奈も知名度は高いと思う。
最近であれば須田亜香里もひょっとしたら知ってる人もいるかもしれない。
でもね、松井珠理奈がそのすべてを子供のように預けられる存在って
じつは「大矢真那」なんですよ。
彼女は、一期生です。
つまり、SKE48を結成当初から支えているメンバーなんです。
自分でも自分のことを「地味」と言ってしまう女の子が
この厳しいアイドルの世界に飛び込み、それでも9年間やってきた。
スキャンダルとは無縁。
ひょっとしたらファンよりもSKE48というグループを愛していたと思う。
それこそ、目立たずとも控えめな、確かな愛で。
僕が彼女を推し始めたのは約3年前。
当時SKE48の主要メンバーが一気に卒業するという事件があり、
その中に僕の推しメンもいた。
その推しメンが卒業して、半年ほど誰を推すでもない時期が続いたが
ある時、自分の携帯の画像フォルダが大矢真那だらけになっていることに
気づいた。
確かに、次の推し候補として彼女はいたけど、なんというか、知らぬ間に
その存在が大きくなっていたことに驚いた。
それから3年。
目移りすることなく彼女だけを推してきた。
知れば知るほどSKE48への愛を感じたし、誰よりもSKE48のことを考えていた。
前面に出ることはほとんどないが、彼女という存在があるから
前面に出て戦えるメンバーが安心してせめて行けたのだと思う。
実はこういう存在にはなかなかなれるもんじゃない。
どうしてもそこに自分の存在価値を見出すのが難しいからだ。
アイドルは人気稼業。
ある意味人に見られてなんぼの世界。
ひっそりと陰日向に咲くというのは反比例している。
でも、不思議なことに、彼女の場合、それが彼女のアイドルとしての美しさを
際立てる要因にもなっていた。
慈愛なんだと思う。
それは、知らずして感じるもの。
気づけばそこにあるもの。
だけど、いつもそこにあるもの。
彼女自身はファンのためにももっと露出を増やして知名度を上げたいと
思っていたと思う。
実際そういったコメントをしていたこともある。
もちろんそれはファンにとってうれしいことだけど。
変なんですよね。
それもいいけど、それよりもそこにいてほしいという気持ちが一方で
強く胸の中にありました。
うまく言えないけど、聖母のような唯一無二のものを求めていたのかもしれない。
真那がそこにいれば、SKE48は大丈夫と感じるほどの、絶対的な愛があったように感じる。
どこまでもまっすぐで、素直で、真剣。
ゆえに「SKE48の良心」と彼女が呼ばれることに、何の違和感もないのだ。
不変とも呼べる愛を感じるのだ。
彼女には、卒業メンバーでも一握りの人にしか与えられない卒業ソングがプレゼントされた。
もちろん、冒頭の卒業コンサートの有無も同様だ。
その卒業ソング「永遠のレガシー」にはこんな歌詞がある。
「もし私がここからいなくなっても
何にも恐れることはない
抜けた穴をそう 誰かがそっと
新しい夢で埋めなさい」
まさに大矢真那の言葉と魂が込められた歌詞だと感じた。
彼女が言葉にして歌うからこそ意味を持つ歌詞。
9年間、わき目もふらずにSKE48を愛してきたからこその重みがここにある。
もちろん卒業コンサートでもこの歌は歌われた。
ずっとずっと笑顔で進んできたコンサートで、唯一この歌を歌うときにこらえきれず
彼女は泣いた。
「泣かないで」と泣きながら歌っていた。
しかし、この場面以外では彼女らしいゆるい空気が会場を包み込むあたたかな
コンサートだった。
そして、彼女の卒業の門出を祝うかのように、
その存在がなくなっても大丈夫だと伝えるかのように、
ほかのメンバーは汗だくになり必死に歌って踊って笑っていた。
ああ、これがSKE48だよ、と心から思った。
このがむしゃらな汗が彼女たちの代名詞であり、ファンが心奪われたものなんだ。
大矢真那の卒業コンサートで、あるべき原点をしっかり見せてくれたSKE48に心から
感謝したいし、頼もしさを覚えた。
彼女は歩き出す、新しい道へ。
もうアイドルではなくなる。
本当に、本当にいい子を推したと思う。
彼女はそのアイドル人生で、純粋でひたむきな魂に宿る美しさを教え、残してくれた。
正式に卒業を迎えるまで残り少ないアイドルの日々を充実したものにしてほしい。
そして、卒業の暁には、めいっぱい幸せになってほしい。
無類の子供好きである彼女が、自分の子を抱きしめるその姿はきっと陽だまりのような
慈愛に満ち溢れていると思う。
その幸せに包まれてほしいと、いちファンとして臨んでやまない。
長い間お疲れ様。
ありがとう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/cc/3f20717b2d05f13cb070531bf04ecd32.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/89/6d4a7aaca5274490c157db4cdfb3391c.jpg)
※ここに書いたのはあくまで個人的な見解です。
違う見解をお持ちの方もいるかと思いますが、少しでも共感できるものがあればうれしいです。
金曜日までの雨が嘘みたいに、残暑の日差しが照り付ける
そんな秋晴れの日。
一人のアイドルの、卒業コンサートが行われました。
そのアイドルの名前は「大矢真那」。
彼女を知る人はきっとそんなに多くないと思う。
SKE48と言えば?
この問いに対して出てくるのは、
松井珠理奈だろう。
卒業したけど、松井玲奈も知名度は高いと思う。
最近であれば須田亜香里もひょっとしたら知ってる人もいるかもしれない。
でもね、松井珠理奈がそのすべてを子供のように預けられる存在って
じつは「大矢真那」なんですよ。
彼女は、一期生です。
つまり、SKE48を結成当初から支えているメンバーなんです。
自分でも自分のことを「地味」と言ってしまう女の子が
この厳しいアイドルの世界に飛び込み、それでも9年間やってきた。
スキャンダルとは無縁。
ひょっとしたらファンよりもSKE48というグループを愛していたと思う。
それこそ、目立たずとも控えめな、確かな愛で。
僕が彼女を推し始めたのは約3年前。
当時SKE48の主要メンバーが一気に卒業するという事件があり、
その中に僕の推しメンもいた。
その推しメンが卒業して、半年ほど誰を推すでもない時期が続いたが
ある時、自分の携帯の画像フォルダが大矢真那だらけになっていることに
気づいた。
確かに、次の推し候補として彼女はいたけど、なんというか、知らぬ間に
その存在が大きくなっていたことに驚いた。
それから3年。
目移りすることなく彼女だけを推してきた。
知れば知るほどSKE48への愛を感じたし、誰よりもSKE48のことを考えていた。
前面に出ることはほとんどないが、彼女という存在があるから
前面に出て戦えるメンバーが安心してせめて行けたのだと思う。
実はこういう存在にはなかなかなれるもんじゃない。
どうしてもそこに自分の存在価値を見出すのが難しいからだ。
アイドルは人気稼業。
ある意味人に見られてなんぼの世界。
ひっそりと陰日向に咲くというのは反比例している。
でも、不思議なことに、彼女の場合、それが彼女のアイドルとしての美しさを
際立てる要因にもなっていた。
慈愛なんだと思う。
それは、知らずして感じるもの。
気づけばそこにあるもの。
だけど、いつもそこにあるもの。
彼女自身はファンのためにももっと露出を増やして知名度を上げたいと
思っていたと思う。
実際そういったコメントをしていたこともある。
もちろんそれはファンにとってうれしいことだけど。
変なんですよね。
それもいいけど、それよりもそこにいてほしいという気持ちが一方で
強く胸の中にありました。
うまく言えないけど、聖母のような唯一無二のものを求めていたのかもしれない。
真那がそこにいれば、SKE48は大丈夫と感じるほどの、絶対的な愛があったように感じる。
どこまでもまっすぐで、素直で、真剣。
ゆえに「SKE48の良心」と彼女が呼ばれることに、何の違和感もないのだ。
不変とも呼べる愛を感じるのだ。
彼女には、卒業メンバーでも一握りの人にしか与えられない卒業ソングがプレゼントされた。
もちろん、冒頭の卒業コンサートの有無も同様だ。
その卒業ソング「永遠のレガシー」にはこんな歌詞がある。
「もし私がここからいなくなっても
何にも恐れることはない
抜けた穴をそう 誰かがそっと
新しい夢で埋めなさい」
まさに大矢真那の言葉と魂が込められた歌詞だと感じた。
彼女が言葉にして歌うからこそ意味を持つ歌詞。
9年間、わき目もふらずにSKE48を愛してきたからこその重みがここにある。
もちろん卒業コンサートでもこの歌は歌われた。
ずっとずっと笑顔で進んできたコンサートで、唯一この歌を歌うときにこらえきれず
彼女は泣いた。
「泣かないで」と泣きながら歌っていた。
しかし、この場面以外では彼女らしいゆるい空気が会場を包み込むあたたかな
コンサートだった。
そして、彼女の卒業の門出を祝うかのように、
その存在がなくなっても大丈夫だと伝えるかのように、
ほかのメンバーは汗だくになり必死に歌って踊って笑っていた。
ああ、これがSKE48だよ、と心から思った。
このがむしゃらな汗が彼女たちの代名詞であり、ファンが心奪われたものなんだ。
大矢真那の卒業コンサートで、あるべき原点をしっかり見せてくれたSKE48に心から
感謝したいし、頼もしさを覚えた。
彼女は歩き出す、新しい道へ。
もうアイドルではなくなる。
本当に、本当にいい子を推したと思う。
彼女はそのアイドル人生で、純粋でひたむきな魂に宿る美しさを教え、残してくれた。
正式に卒業を迎えるまで残り少ないアイドルの日々を充実したものにしてほしい。
そして、卒業の暁には、めいっぱい幸せになってほしい。
無類の子供好きである彼女が、自分の子を抱きしめるその姿はきっと陽だまりのような
慈愛に満ち溢れていると思う。
その幸せに包まれてほしいと、いちファンとして臨んでやまない。
長い間お疲れ様。
ありがとう。
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※ここに書いたのはあくまで個人的な見解です。
違う見解をお持ちの方もいるかと思いますが、少しでも共感できるものがあればうれしいです。