今までの文章は大分昔に書いたものでしたが、推論の域をでず、いやこれから先も理解のしようがない領域かも知れませんが、ただ哲学的にはこのように理論付けすることができると言う意味で書いてみました。
人間とは何か?貨幣論・経済論も大切なことかも知れませんが、それらもやはり考えの域を出ない推論でしかありません。
そのように考えると時間的空間的な中で人間が置かれている状況も決して繋がりが無いわけではなく大きな状況(時間空間)の中から小さな個人を考える必要があります。
当然その理論的追求は自分が現に存在している個としての自分から、なぜ存在しているのか?そしてやがては死を迎える、そのとき死後があるのか、あるとしたならどのようなかたち…
そこからこのような文章「時間と空間」を書いた次第です。最後にタイトルにもありますように時間と空間を描いたとしたらということでワードで組んだ文章を変換し載せておきます。時間には最初も無ければ最後もないということで描けませんが空間は無限ということで描くことができます。
人間とは何か?貨幣論・経済論も大切なことかも知れませんが、それらもやはり考えの域を出ない推論でしかありません。
そのように考えると時間的空間的な中で人間が置かれている状況も決して繋がりが無いわけではなく大きな状況(時間空間)の中から小さな個人を考える必要があります。
当然その理論的追求は自分が現に存在している個としての自分から、なぜ存在しているのか?そしてやがては死を迎える、そのとき死後があるのか、あるとしたならどのようなかたち…
そこからこのような文章「時間と空間」を書いた次第です。最後にタイトルにもありますように時間と空間を描いたとしたらということでワードで組んだ文章を変換し載せておきます。時間には最初も無ければ最後もないということで描けませんが空間は無限ということで描くことができます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます