ブラームス:歌曲集
メロディーのように
日曜日
恋歌
とく来れかし
われらさまよいぬ
喜びに満ちたぼくの女王よ
サッフォー風の頌歌
ことづて
夏の夕べ
月の光
セレナーデ
郷愁(2):帰り道はどこ
教会墓地にて
帰郷
さびしき森にありて
お前がほほえめば
裏切り
バリトン:ハンス・ホッター
ピアノ:ジェラルド・ムーア
LP:東芝音楽工業 AB-8020
このLPレコードの歌手のハンス・ホッター(1909年―2003年)は、ドイツ出身の名バリトン。ミュンヘン音楽大学で学び、1930年オペラにデビューを果たす。以後、プラハ国立歌劇場、ハンブルク国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場などで活躍した。1947年ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場、さらに1950年メトロポリタン歌劇場でもデビューを果たし、世界的オペラ歌手の地位を確立する。そして1952年からはバイロイト音楽祭に出演。以後15年にわたり主要なワーグナー作品に出演することになる。ここでホッターは偉大なワーグナー歌手として高い評価を受ける。また、ホッターは、オペラだけでなく、ドイツ歌曲のリサイタルもしばしば開催し、聴衆に深い感銘を与えた。1962年の初来日以来、日本でもたびたびリートのリサイタルを行い、多くのファンを有していた。ホッターが歌うリートでは、とりわけシューベルトの「冬の旅」と「白鳥の歌」が絶品との評価が高かった。ホッターは単にバリトンというよりは、バスに近いバリトンであり、“バスバリトン”という表現が一番ぴったりとするのだ。ホッターの声質は、実に奥深く、男性的な包容力を持ち、それが魅力的であった。一度歌いだすとリスナーはその魔力に引き付けられ、ホッターの世界へと知らず知らずのうちに引きずり込まれることになる。通常、ホッターのような個性的な歌手は、独特な歌い回しを強調しがちだが、ホッターはそれとは大きく異なっていた。ホッターは、重厚に、あくまで正統的で、少しの揺らぎもなく歌い切る。そして、一人一人のリスナーに語り掛けるが如く歌う結果、そこには歌手と個々のリスナーの間で親密な空間が生まれる。ホッターは、偉大なるワーグナー歌手であったと同時に、偉大なリート歌手でもあったのだ。このようなことは、ある意味で奇跡的なことなのかもしれない。このLPレコードで、ホッターはブラームスのリートを歌っている。これらの作品は、「帰郷」1曲を除き、全て円熟味を増した後期のリートで、ブラームス特有の渋さや諦観の色合いが強い曲。これらの歌曲は、ブラームスの他の作品でいうと、ピアノ曲の狂詩曲や間奏曲に雰囲気が似ている。そんな重厚な雰囲気を持つリートなら、歌手は、ホッターが一番ぴったりくるというより、ホッター以外では適当な歌手が思い当たらないと言った方がいいかもしれない。ここでのホッターの歌は、内省的であり、独白を聴くようでもある。晩秋あるいは冬の夜に聴くには打ってつけの歌曲であり、そして歌手である。(LPC)