シューベルト:ピアノソナタ第18番「幻想」D.894(Op.78)
ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ
録音:1970年、ロンドン・オペラ・センター
発売:1977年
LP:キングレコード SLA 1131
シューベルトのピアノソナタ第18番は、初版譜に“幻想曲”と書かれていたことから「幻想ソナタ」と呼ばれている。この曲はシューベルトのピアノソナタの中でも、内容的に優雅で、完成度も高い曲である。しかし一方、「冗長度が高く、演奏効果を出し難いピアノソナタ」という評価を下す向きもあることも事実。このLPレコードは、そんなシューベルトのピアノソナタを、ピアニスト時代の若き日のウラディーミル・アシュケナージ(1937年生まれ)が弾いた録音である。アシュケナージは、旧ソ連出身のピアニスト&指揮者である。1956年に「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に出場して優勝を果たし、一躍その名を世界に知らしめ、その後の欧米各国での演奏旅行で、その実力が認められるに至った。1962年には「チャイコフスキー国際コンクール」で優勝。しかし、1963年に、ソヴィエト連邦を出国し、ロンドンへ移住し、以後実質的な亡命生活を送ることになる。1970年頃からは指揮活動にも取り組み始め、現在では指揮者としての活動が中心となっている。現在、スイスのルツェルン湖畔に居を構え、ここを拠点として、シドニー交響楽団およびEUユース管弦楽団の音楽監督として世界的な活動を展開している。2004年から2007年までNHK交響楽団の音楽監督を務め、2007年からは桂冠指揮者を務めているので、今やアシュケナージの名を聞くとピアニストとしてより指揮者のイメージの方が定着している。このLPレコードの録音は、1970年、ロンドン・オペラ・センターで行われたので、アシュケナージ33歳の時のピアノ演奏ということになる。アシュケナージのピアノ演奏は、超人的な演奏技能により、どんな難曲でも難なく弾きこなす凄さに加え、抒情的な表現でも並外れた才能を発揮する。このLPレコードではそんなアシュケナージの抒情的な演奏の冴えを存分に味合うことができる。シューベルトのピアノソナタは、ベートーヴェンのそれとは異なり、多くの曲が歌曲のように美しいメロディーに埋め尽くされているが、そんなシューベルトのピアノソナタの特徴が、もっとも多く盛り込まれたピアノソナタが、この第18番「幻想」なのである。特に、第1楽章に、この曲の持つ叙情性と歌曲性とが集約されているわけであるが、アシュケナージは、ものの見事にこの二つの側面を表現しており、改めてピアニストとしてのアシュケナージの実力の高さに、眼を見張らされる思いがする。何か、アシュケナージの指から、こんこんと音楽が湧き出してくるような、不思議な体験をさせられるLPレコードである。(LPC)