青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

『あの子とQ』万城目学

2024-12-30 10:54:21 | 日記
Qとは何か?何体も存在するのか?
これは、ちょっと不思議で爽やかな青春と友情の物語。

主人公の嵐野弓子は、一見ごく普通の女子高校生。
誕生日まであと十日という十月のある朝、弓子は目覚めとともに絶叫する羽目になった。なんと、彼女の部屋に化け物が浮かんでいたのだ。黒く、丸く、棘だらけで、そのくせヌメヌメした光沢の直径60cmほどのグロテスクな怪物――。
狂乱する娘に反して、両親はいたって平常心。それどころか、怪物に向かって片膝をつき、「弓子を頼みます」などと乞うのだった。
その時、絶叫する弓子の頭の中に、なぜか男の声が聞こえてきた。鼓膜を通さず、頭の内側に直接響くその声の主は、弓子の名を呼ぶとこう続けた。

「俺は――お前のQだ」

なんと、嵐野家は先祖代々吸血鬼の家系だったのだ。
今、この世界にいる吸血鬼には二通りあるという。
一つは昔ながらの吸血鬼として闇に生きる、「サダメ」と呼ばれる純然たる吸血鬼たち。
もう一つは人間社会に順応するために「脱・吸血鬼化」の儀式を受けた、吸血鬼としては不純な者たち。
「サダメ」は、基本的に不老不死者だ。人間の血を欲し、闇の中でしか生きられない。
しかし、世の中が進化するにつれて、人間の血をこっそり戴きながら闇に暮らし続けるのは困難になってきた。そのため吸血鬼たちの多くは、人間社会に溶け込む努力と、マイノリティであるという自覚に基づく自発的な変化の方法を編み出した。
その知恵と努力の結晶こそが、「脱・吸血鬼化」の儀式だ。

「脱・吸血鬼化」の儀式はいたってシンプルだ。
吸血鬼が17歳になること。
その者が血の渇きに囚われていないことの証明がされること。
この二つの条件が揃えば、「脱・吸血鬼化」の儀式への参加が認められる。
その証人としてやってきたのがQだ。

吸血鬼が一度でも人間の血を口にしてしまったら本能が目覚めてしまう。それが血の渇きだ。吸血鬼にとって血の渇きはどんな薬物よりも恐ろしい。
先祖代々数百年に渡って重ねた努力が一瞬で吹き飛ぶ。人間の生き血を飲むことが最上の幸福とされた時代の記憶が目覚め、脳と体を支配する。その先に待ち受けるのは破滅だ。

17歳の誕生日までの十日間、Qは弓子の影の中に潜み、彼女が血の渇きを覚えないか監視するのだという。
弓子自身は現在、普通の高校生として暮らしている。肌は白いけど、日光を避けなくても生活できる。人間の友達もたくさんいるし、特にヨッちゃんは大の親友だ。
弓子は両親の言いつけ通り、人間を超える力を人前で発揮しないように気を付けて生活している。
それでも、時には普段隠している人間離れした運動能力を開放したいと思うこともある。
その日、ヨッちゃんから宮野君への片思いを聞いた弓子は、無性に奔りたくなった。
誰もいない夜のグラウンドに、百メートル走の直線コースがぼんやり浮かび上がっている。弓子は体中に力が音を立ててみなぎる感覚とともに走り抜けた。世界記録だった。
そのことを帰宅してから、Qにとがめられた。

「お前の行動ひとつで、両親やこの街に住むお前の仲間たちの安全がおびやかされる。そのことをわかって走ったのか」

弓子の自制を促すように、Qは遠い昔に外国で起きた悲劇を語って聞かせた。
それは、「脱・吸血鬼化」を見つける前の時代。吸血鬼の少女と人間の青年との間に起きた辛い話だった。
この話は只の昔話では終わらなかった。

弓子とヨッちゃん、宮野君と彼の友人の蓮田君とで、海までダブルデートをすることになった。
帰りのバスが横転し、崖から転落した。ここから、本作の緊張感が一気に高まる。
弓子は自らも負傷しながら、気絶しているヨッちゃんと蓮田君の体を右足と左腕で絡めとった。だが、宮野君が窓から車外へ落ちていった。
磯の香りに混じって、血の匂いが漂い始めた。バスの外で宮野君が死にかけている。
宮野君を救うためには、弓子が彼の血を吸い、彼を吸血鬼にするしかない。それは、Qの語った昔話と同じ展開だった。
ヨッちゃんの好きな男の子を救いたいという気持ちと、血を求める吸血鬼の本能。Qの必死の制止を振り切って、弓子は宮野君の首に牙を立てた。
そして、そのまま意識を失った。

弓子が意識を取り戻したのは病室だった。昏睡状態のまま、誕生日は過ぎていた。
弓子は三日三晩眠り続けたが、弓子以外の三人は軽傷でとうに退院していた。
お見舞いに来てくれた三人を見て、弓子は宮野君が吸血鬼になっていないことを知った。
でも、確かにあの時、弓子は宮野君の血を吸ったのだ。あの強烈な多幸感は決して夢ではない。あの時、本当は何が起きていたのか。
そして、あれから姿を見せないQはどうなってしまったのか。

弓子は事故と大きな関わりをもつ、佐久という「原・吸血鬼」の存在を突き止める。
そして、佐久からあの事故の時にQが人間を生還させたことと、その罪でQの処刑が決まったことを聞かされた。
さらには、弓子のQを含めたすべてのQが元は吸血鬼だったことと、彼らは大罪を犯した罰で醜い姿に変えられたことも教えられた。
日本で最初の吸血鬼である佐久は、弓子の両親も知らない吸血鬼の掟を把握していた。
弓子は彼から、吸血鬼の儀式や処刑を司る「ロージュ」たちの集う「クボー」への行き方を教わると、Qを救いに向かうのだった――。

とにもかくにも、弓子とヨッちゃんとの友情に亀裂が生じなかったのが、読後感の爽やかさに繋がっていた。
ダブルデートの時に、宮野君がヨッちゃんより弓子に興味を持っていたような気がしたけど、そんなことは無く。
弓子とヨッちゃんの友情は不動で、宮野君とヨッちゃんはお付き合いすることになって、変にこじれた関係にならなかったのには安心した。
ヨッちゃんは状況を全く把握しないまま窮地に巻き込まれたのだけど、弓子に対する思いやりはずっと発揮されていて、本当に友達甲斐のある子だと思った。ヨッちゃんの明るさが、終盤トコトン深刻になっていく物語の空気を救ってくれていた。
弓子とヨッちゃん。
弓子とQ。
衒うことなく、真正面から友情を描き、彼らの思いが報われる本作に、王道の青春小説の良さを存分に感じた。

ところで、ヨッちゃんが心酔している占い師の清子様は、『偉大なる、しゅららぼん』のヒロイン清子で間違いないだろう。
馬を乗り回し、城に住む若い女の異能者などグレート清子くらいしかいない。あの後、琵琶湖の民も大変だったと思うが、元気にしていたのだ。
ヨッちゃんは、清子様が二つの占いのうちの、一つ目を外したと思っているが、実はヨッちゃん(と弓子)の記憶が失われているだけで、占いは二つとも当たっていたのだ。さすが、グレート清子。

そして、本書のタイトル『あの子とQ』のあの子とは、弓子のことではなかった。万城目学は伏線の回収がうまい作家だが、そういう風に物語は繋がっていたのか。
『あの子とQ』の登場人物たちも、別の作品でその後の生活を知ることが出来るかもしれない。
ヨッちゃんと宮野君はこのままゴールインしそうだけど、Qとあの子は再会できるのか。
別に告白した訳でも、好きになった訳でもないのに、何となく弓子がフラれた形になっている蓮田君との関係には、何らかの変化が起こるのか。
また、新たなる万城目ワールドで、大人になった彼らとの再会を楽しみにしている。

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2 コメント

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Unknown (saopen)
2024-12-30 21:14:06
万城目ファンの私も読みましたよ!
翻訳の難しい本を読んでるイメージの青い花さん、こんな軽いのも読むのですね!
青春モノにしては吸血鬼だのとヒネリが入ってるところが万城目ワールドですね。
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Unknown (mahomiki)
2024-12-31 15:17:26
さおぺんさん

さおぺんさんも万城目学のファンなんですね!
私は彼の肩の力の抜けたユーモアセンスと柔らかい哀感が好きで、たぶん長篇は全作品読んでいると思います。
あと、今の日本の作家だと、森見登美彦なんかも好きです。
日常と異世界がシームレスな感じが面白いですね。
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