モーリアックと言えば『テレーズ・デスケイルゥ』なんでしょうけど、私としては『愛の砂漠』をお薦めしたい。なぜなら、私にはテレーズという女が理解不能だから。高校生の頃に読んだきりなので細かいことは忘れたけれど、たしかベルナールがテレーズにこんなことを言ってたように記憶している。「いったいお前は何がしたいんだ?」って。まさにそんな感じの女です。で、『愛の砂漠』なんですが。物語は35歳になったレイモンと18歳の頃のレイモン、それからレイモンの父親の三つの視点から綴られていく。レイモンは自分の人生を決定的にねじ曲げた女の心に爪痕一つでも残そうとするのだけど、女にとってレイモンという人間は長い人生の中で一瞬すれ違っただけの存在に過ぎない。一人の人間が望みもしないのに他人の運命にこれほどの重みをかけてしまうという理不尽さ。物語は父親と息子の別れのシーンで終わる。父親は息子の顔を穴のあくほど見つめる。自分とはまるで違ったこの男、そして自分にあまりにもよく似たこの男、それは自分よりもまだもう少し先まで生きながらえ、もう二度と見ぬであろう自分の分身。愛が人生を破壊してしまうこと。人生を破壊されてもそれでも生きて行かなくてはいけないということ。絶対的敗残者の心の暗部をえぐり出した傑作です。
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