「物質にも自然現象にも感情にも左右されない、永遠の真実は、目には見えないのだ。数学はその姿を解明し、表現することができる。なにものにもそれを邪魔できない」
空腹を抱え、事務所の床を磨きながら、ルートの心配ばかりしている私には、博士が言うところの、永遠に正しい真実の存在が必要だった。目に見えない世界が、目に見える世界を支えているという実感が必要だった。厳かに暗闇を貫く、幅も面積もない、無限にのびてゆく一本の真実の直線。その直線こそが、私に微かな安らぎをもたらした。
「君の利口な瞳を見開きなさい」
博士の言葉を思い出しながら、私は暗闇に目を凝らす。
ずっと前に話題になった本。こんなにすばらしいのに、なぜ手に取らなかったのだろう。静かな哀しみと、温かく穏やかな気持ちが一緒に胸の中に満ちる、そんな作品。ずっと大事にしたい本だ。