どうでもいい四百字 第二中間貯蔵施設

あってもなくてもいいもの。

どうでもいい四百字 2469

2019-10-11 19:57:52 | 時間の無駄
もう選挙疲れしたから無風で、と云う訳にはいかないさいたまである。既得権益層をぶっ壊す、とN国党党首自らの出馬であり、投票で民意を問うその姿勢には敬意を表するものの、典型的な落下傘候補でありさいたまの事を考えた活動をしてくれるのかは判断し兼ねる。書類送検されている恐喝罪で不起訴になるのかどうかは知らないが、ここらで一発有罪判決を受けておくのも、箔が付くので悪くはないんじゃないかなと思う。毀誉褒貶の激しい人では有るが、立候補の敷居を下げたと云う点では評価している。私も是非立候補してみたい。高邁な理想を実現したいとか現状を打破したいとか何かぶっ壊したいとかさいたま民主主義人民共和国を樹立したいとかでは無く、「ドップラー効果」と云う通名で選挙カーを走り回らせたいだけである。何ならドップラー効果党を旗揚げしても良い。怒る人は怒るだろうが、肩肘張らない政治も今の世の中、有って良さそうに思えるのである。

どうでもいい四百字 2468

2019-10-10 19:53:45 | 時間の無駄
最大瞬間風速60m/sか。巡航する新幹線のすぐ脇で食らう風圧並みである。多少の風では飛ばない自信は有るが、流石に立ってはいられなさそうである。不要不急であろうとなかろうと台風の進路に当たる地域では、週末は外出を控えるべきであろう。JRも早々と計画運休に踏み切る様で、連休を楽しみにしていた方々は残念ではあろうが、引き籠ってNetflix三昧に浸る事をお勧めしたい。調べてみたら東京で観測された最も強い最大瞬間風速は、1938年9月の46.7m/sとの事である。これを上回る暴風に見舞われる可能性も高く、築40年を超える新宿高層ビル街とか心配になる。拙宅とどちらが丈夫かと言えばあちらに軍配が上がるのはともかく、近隣に吹き荒れるビル風も相当の脅威になると思われる。都内のあちこちに高層建築が立ち並んでいるが、それによって発生する乱気流は気象庁ですら予測は困難であろう。そう云う空気を読むスキルが、これからの日本人には必須に思えるのである。

どうでもいい四百字 2467

2019-10-09 20:46:20 | 時間の無駄
レジ袋有料化は、あくまできっかけである。それだけで廃プラスチック問題は改善しないし、何より1枚3円(イオンの場合)は暴利である。そんなこっちの足元を見る様な商いで儲けさせたくない。そう云う邪な動機からレジ袋を辞退する練習を今から始めているのであるが、環境問題への対策としては焼け石に水である。ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)で包装されていない商品が、コンビニやスーパーでどれだけ有るだろうか。手元に有った醤油ラーメン3食入りを参照したら、外包と麺の透明袋がPP、スープ袋がPEだった。どんなにレジ袋を使わない様に頑張っても、個品の包装で大量に使用されているのでは意味が無い。商売として持続可能なプラスチック製品リサイクル技術の早期の実現と、PEやPPを極力使わない包装技術の確立が望まれる。多少の不便、多少の暴利は受容する(3円以内)ので、梱包材に新聞紙の再利用を流通業各位にご一考願いたいのである。

どうでもいい四百字 2466

2019-10-08 19:32:03 | 時間の無駄
ITとハンコ文化を共存させる。他ならぬ大臣の仰せである。真摯に検討するのは馬鹿馬鹿しいので有識者にお任せする。ただいきなり無くすのも困難なのは確かである。現行の民法・商法は捺印を意思確認の証明手段に位置付けている。ハンコを無くそうと思ったら、それら全部を大改正しなくてはならない。気合で成し遂げたとしても、今までに取り交わされた契約等が無効とならない様に、数十年は並行運用しなくてはなるまい。だったら今の儘でいいや、と云うのが大人の判断である。世界全体で見れば署名が圧倒的なのだからそれに合わせるべきなのだろうが、今更サインの練習をするのも面倒である。取り敢えず起業とか不動産購入とかの一大イベント向けに実印は残すけれども、それ以外の日常用途ではなるべく使わないのが、望ましい方向性だと思う。スマホをかざしたらレーザーを照射し、印影を焼き付けると云った強引な共存方法を、有識者にご検討頂きたいのである。

どうでもいい四百字 2465

2019-10-07 20:30:50 | 時間の無駄
ウォークカルチャーの中で、コメディでは不謹慎な事が出来ない。公開前から物議を醸している映画「ジョーカー」の監督、トッド・フィリップスの言葉である。耳慣れない言葉であるが、Woke Cultureとはまあ要するに、「不謹慎警察」が社会的影響力を持った様なものと理解している。意識高い系の臭いが漂う呼び名だが、どうやらそれに睨まれずに笑いを取るのは至難な状況に、米国は陥っている様である。シリアスに転向しても不謹慎なものは不謹慎に思えるのだが、社会問題を鋭く抉ったりすると多少は免罪されるものらしい。特定の性別や人種や国籍や階層や職業を揶揄したり茶化したりする笑いは、表向き禁じ手なのは息苦しい。せめて大統領位はハッチャけたのを選ぼうかと云う気持ちになるのも分かる。無害無毒なアメリカンジョーク以外で笑うのを理性で抑圧出来たとしても、そんなインテリがバナナの皮踏んで転んだら反射的に笑うのは絶対に止められないと思うのである。