ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

愚痴数多

2018年07月02日 18時50分20秒 | 田舎暮らし
生は暗く死もまた暗い。
同じ暗いのならせめて生に明かりを求めたい。

「もっと光を!」
これはゲーテの最後の言葉。
とっても意味深く聞こえるけど、
そのあとに・・・「窓を開けてくれ」
なぁ~~んだ、単に暗いから窓を開けてくれと言っただけのこと。
有名人ともなると日常の普通の言葉さえ気をつけないといけない。
これはなかなかつらいこと。
こちらは有名人でもなんでもないので気楽にこのブログを書いていける。

というわけで偏屈暮らし。
たまりたまった愚痴数多。
これを思いっきりはき出して、清々して死にたいものだ。
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偏屈暮らし

2018年07月02日 17時48分26秒 | 田舎暮らし
田舎暮らしを始めてもう16年が過ぎた。
もともと偏屈な人間、
今では田舎暮らしの「田舎」がとれて、たんなる「偏屈人間」だけが残った。

都会暮らしの頃は嫌な人間とも付き合わなければいけなかった。
もちろんここでもそうだし、集落の人をこちらで選べるわけにはいかない。
でもそれでも、ある程度付き合う人を選ぶことはできる。
もともと人と付き合うよりも付き合わないことに喜びを感じる、とってもとっても偏屈な人間なのだ。

今振り返ると30年以上もの都会暮らしのながいながい時間がとっても無駄に思える。
最初から田舎暮らしをしてればよかった。
でも田舎暮らしの良さは都会暮らしという無駄な時間を経ないとわからない。
それに都会で稼いだ金を田舎で使う。
それが田舎の活性化につながるのなら、都会暮らしも無駄ではなかった。

 都会で大いに稼げ!そして田舎でそれを使え!

ところが現実はしばしば逆。
田舎の人は(実は)とってもお金持ち。
とってもみみっちく、みみっちく金をため込んでるのに、
使わないで、死んだら都会に出ていった子供たちがその遺産を継ぐ。
金が田舎から都会に流れる。
これじゃますます田舎は寂れるばかりだね。
もっと田舎で安心して金を使えるような仕組みを作ったらいいのに・・・

いえいえそんなことじゃない。
なんせ今では偏屈暮らし。
残りの人生をただただ偏屈に生きるんだ。
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