盆が過ぎると海にはクラゲが出て、海水浴の客もまばら。
ツクツクボウシは残り少ない夏を侘しく慌ただしく生きる。
昔々、この鳴き声が「宿題したか~宿題したか~」と聞こえたものだった。
そうそう毎年毎年、夏の終わりになってやっとあわてて宿題をした。
その宿題帳は皮肉にも「夏休みの友」と書かれてあった。
その表紙をみただけで、こんな友達なんかいらないや!と毎日毎日気になりながらも、知らんふり、見ないふり。
それで盆が過ぎてあわてて宿題をすることになる。
それでも算数とか国語とかは適当に何とかなったものの、
困ったのは絵日記、それも今日の天気。
頼みの親も何週間も前の天気なんて覚えてるわけもない。
今だったらすべて「晴時々曇りところにより雨」で済ますところだけど、
まったく融通の利かない子だったので、これには困った。
でもまあなんとか・・・「晴」の間に時々は「曇り」とか「雨」とかを入れてそれらしく仕上げたものだった。
でもまあ、今から思うとこの夏休みの宿題ってほんとつまらない物だった。
せっかくの休み、こんな宿題なんかするよりも、もっともっと大切なものはいっぱいあったのに・・・
でも人生も同じようなものかもしれない。
生きるってことは宿題を背負って暮らすこと、そしてその宿題を先延ばしすること。
そして人生の盆を過ぎて、たまりにたまった宿題を見て、ようやく気付く、
もうできないよ、止~めた!
死ぬってことはこの宿題から解放されること。
死ぬってことはもしかしたら、とってもいいことかもしれないね。