先日、ベニシアさんの言葉で「許すとは過去を手放す事」という文字を目にした。
それについて思う事があったので考えを纏めていたが、
まだしっくりこない部分もあって書きかけのままだった。
すると今日、自分の過去記事で「怒りを手放す」という文字を目にした。
そうか!
過去の怒りを手放すのか!
目からウロコ。。。
ずっと「過去を手放す=過去とさよならする」そんな風に思ってた。
でもベニシアさんは講演会で「別れた最初の夫とは今も友達だ」と言ってた。
離婚再婚を繰り返すお母さんからそれを教わったと話していた。
さよならするのは、自分の過去の「怒り」の方なのか。
前に自分で書いてた。↓
相手に悪気があったわけではなくて、結果的に巻き込まれただけ。
だから、その心を理解する事が私に一番必要だったのかもしれない。
されたことに瞬間的な怒りを感じたとしても、そこに至るまでの相手の心を理解して
そこに悪意がなかったら、怒りを手離せということなんだと思った。
これが私の根本的な「因縁の元」だと理解した。
自分で書いてて、すっかり忘れていた。
お腹に落ちてないね。(^^;
傷つくのは痛くて辛いけど、相手も悪意はなくて結果的にそうなった。
されたこと、その場面だけが強く印象に残ってそこで時間が止まってしまうけど
そこに至るまでの流れが相手にもあって、それは自分では見えないから
ついつい自分だけの偏った見方で判断して、怒ったり問題を投げ出してしまう。
相手を理解すること。
時間をかけて、その努力をしようと心がけること。
それが過去の自分の怒りを手放すことに繋がるのかな。
最近なんとなく解ったというか、感じ方が変わった部分があって
物事を善悪とかでついつい考えてしまうけど、そう思うのは自分の偏った見方であって
その偏りこそが自分の中で気づくべき大事な問題で、
仲良くしなくてはいけない部分なのかなと感じている。