8月27日(土)午後1時から、美里町北長野の美里ふるさと資料館で、
松原豊写真集「村の記憶」出版記念トークショーが開催されました。
参加者は21人、ブログだけのPRでこんなに集まったというのもすごいです。
パネリストと参加者が意見を交わすという意味では、
これくらいの人数が適当だと思いました。
で、トークショーの内容(会議録)については
「むらきお」のホームページで公開するらしいので、
ここでは、私の印象に残ったトークをいくつか紹介することにします。
オクダ「美里村だった頃と比べて、今はどうですか?」
クドウ「津市美里町と住所を書くようになり、格好良くなったと思う。
合併して、他の地域と美里をいろいろ比べるようになった。どんなイベントをやっているかってね。
けれど総合支所に地元の職員がいなくなり、行政との関係が薄れたように感じる」
ナカモリ「昔の美里は、誰かがしてくれる、行政がしてくれる、
そんな感覚でいたし、まつりも行政がやっていて、住民はイベントに来るだけで良かった」
オクダ「そうなんですよ、旧津市の人から見ると、
美里村では何もかも行政がやってくれることにびっくりしていたみたいです」
ナカモリ「現在は、いろいろな団体グループが、自主的にがんばっている。
それぞれのリーダーの存在は大きい。リーダーがやると言ったら、みんな付いてくる」
オクダ「ツリーハウスの時は、美里の人に大変お世話になりました。
リーダーさんらが理解してくれて、いっぱい人を集めてくださった。
いっぱい来た分、お酒代もいっぱいかかっちゃったけど(笑」
オクダ「サルシカのブログなどを見て、都会の人が
美里にはカメラマンがいて、家具職人がいて、まさにアーティストの村だって思ってる(笑、
そんなことはないのだけれど、ただ、美里の人は世代を超えて付き合いをしているし仲が良い、
観光客や、私たち移住者にも優しい。危機感があまり無いのが欠点だと思いますね」
マツバラ「いろんな人が10人から20人くらいで集まって話をする機会があると良い」
オクダ「で、まずはお酒を飲む(笑、今は本当にお酒を飲まなくなりましたね、
歩いて帰れば良いような地区の集会でも飲まなくなった、明日仕事があるからと」
クドウ「腹を割って話をすることがなくなったなあ」
オクダ「今ね、イルミネーションもジャンボ干支も市の補助金があるから、
それでお金を儲けようと思っていないでしょ。でもいつまで補助金が続くか。
無くなってからどうしようでは遅い、いまからそれを考えて準備することが必要です」
ナカモリ「僕もそう思う。活動している団体はその地域では歓迎されているが、
他の地域に行って同じことができるかというと、美里はそうではない」
オクダ「美里がひとつになって団結したらもっともっと、何かができると思う」
はい、これが美里の弱いところかもしれません。
昔3つの村だった時代の名残り、というわけでもないのですが、
日常の行事などは地元の人だけでやっているので、他の地区の人と何かをやる機会が無い、
で、村をあげての行事は行政がやってきたので、村をひとつにするノウハウが無い、
ということだと思います。
それに、美里全体をカバーするような組織、商工会とか青年団とか、
そういう旗を振って動かすような組織が無いんです。
隊長が言うように、みんなが元気にがんばっているうちに
何かのしくみを作っておかなければならないと思いました。
(その3)に続く
「村の記憶」出版記念トークショーが開催されました(その1)
「村の記憶」出版記念トークショーが開催されました(その3)