
津市安濃町曽根、安濃川に架かる曽根橋の下に、
川を横断するように、臨時の堤が作られ、
重機が行き来していました。
今年5月の撮影です。

どうやら、安濃川に堆積した土砂をしゅんせつするため、
川に重機が入っているようです。
で、川沿いに散歩している人たちが
「これは便利」と、臨時の堤を通って対岸に渡っていました。

曽根橋の下流、桜並木の下に建つ石碑です、
「中山竹雨顕彰碑」と刻まれていましたが、
その他の文字は判読できませんでした。
欧風料理 Restaurant Lansen (レストラン・ランセン)
>芸濃ガイド会のフルイチさんより情報提供いただきました。
中山竹雨は、本名を中山武平(ぶへい)と言い、
明治2年安濃郡村主(すぐり)村に生まれ、養蚕業の発展に寄与。
県高等養蚕伝習所を明野に開設し、関西製糸株式会社を設立するなど活躍、
また、地方行政の刷新、教育施設の充実、公共事業にも尽力した、という人物で
顕彰碑は、ここ(曽根橋)のほか、津偕楽公園にもあるそうです。
>安濃町のkuroさんより情報提供いただきました。
「(kuro)突然のコメント失礼します。安濃町史を研究している者ですが、中山竹雨氏は中山武平氏の父親です。」
調べましたところ、明治2年生まれの中山武平さんの父親が竹雨さん、
そして面白いことに、竹雨さんの父親(武平さんのお祖父さん)もまた武平さんでした。
ということで、明治期に養蚕業で活躍した中山さんの本名が武平さん、
というのは間違いないようですが、
何故、顕彰碑は「中山竹雨」なのでしょうね。
武平さんが雅号として父親の「竹雨」を名乗っていたのか、
お父様の竹雨さんも顕彰に値する業績があった人なのか、
碑文が解読できれば良いのですけれど。