8月27日、美里町北長野の美里ふるさと資料館で開催された、
松原豊写真集「村の記憶」出版記念トークショーは、
午後1時から午後2時までの1時間の予定が、
来場者も交えて、トークが大いに盛り上がり、
2時間以上のトークショーになりました。
テーマとは少し脱線するのですが、爆笑トークの一部を紹介します。
オクダ「村の記憶でうちの集落(平木)も撮ってもらいました。
で、あの祭りの写真に写っているみんなが言うんです。
俺たちは「記憶」になってしまった、って(笑」
ナカモリ「美里というと津から見ると山(長谷山)の向こうの秘境というイメージだった。
だから僕も若い頃は、家はどこかと聞かれたら、片田のほうですわ、と言っていた」
オクダ「美里の人は、基本的にここが好きで、離れたくないと思っている。
でも美里を好きだとか一番良いって言う人はいない。
近所のおばちゃんがうちの娘にね、あんたこんなところに引越してきて、大変やなあって言うんですよ」
マツバラ「最初にヒビコレで音楽のイベントをやったときに、
近所の人に、入場料取るの?美里でそんなことしても誰も来やへんで、と言われました。
実際、美里の人はほとんど来ていなかったんですけど」
オクダ「僕も津に住んでいる時は、美里って得体のしれない世界だったかも。
僕の知っている男で、彼女を自分の両親に紹介するって言うんで
初めて車で美里に連れてきた。バカだから夜中に連れてきたんです。
片田から先はもう真っ暗で、だんだん山の中に入って行くし、
で、彼女、あーもう私は殺されて山の中に捨てられるんだわ、って覚悟したそうですよ」
最後の「美里人の彼と初めて吹上の坂を登った時の恐怖」ですね、
これはうちの嫁も言っていましたし、
PTAなんかで他のお母さんとの間でも
「そうそう、私も初めてのとき、泣きそうなくらい不安になった」
という話がよく出ていたそうです。
結局、
都会の人はもっと美里の良いところを見せてください、
できれば一緒に何かさせてください、って思ってるのに、
美里の人は根底に「こんな田舎じゃ恥ずかしい」って思っているから、
その思いが通じない(理解できない)ってことですね。
これは課題だと思いました。
終了後も、まだまだ盛り上がるマツバラさん、隊長、その他の皆さん。
隊長は、まだまだ喋り足りなさそうで
「今晩、このメンバーで飲みにいきません?」
と言っていました。
それ(飲み会)もまた良しですが、
次はパネリストを全部女性にして、
「美里生まれの美里育ちの女性」「美里にお嫁に来た女性」「美里に移住してきた女性」
を集めてトークショーにしたら、もっと爆笑トークになるかも、
などと思いながら
私は次の現場(子麦まつり)に向かいました。
「村の記憶」出版記念トークショーが開催されました(その1)
「村の記憶」出版記念トークショーが開催されました(その2)
「村の記憶」出版記念トークショーが開催されました(おまけ)
変わり者からのメッセージ~「村の記憶」から見えたこと~(美里中PTA講演会)
(伊勢新聞)