走るナースプラクティショナー ~診断も治療もできる資格を持ち診療所の他に診療移動車に乗って街を走り診療しています~

カナダ、BC州でメンタルヘルス、薬物依存、ホームレス、貧困層の方々を診療しています。登場人物は全て仮名です。

子供が育つ日本へ

2020年07月27日 | 仕事
ミクロとマクロのケアをよく書いていますが、これが良い例になるかも。そしてせやろがいおじさんはまたもや良い事を述べています。こちらのビデオをご視聴ください。





加害者を責めることとシステム的なアプローチが論点になっていますが、ミクロとマクロで考えるとすると、加害者に対する刑事責任、社会的復帰を目指したケアがミクロなケアとなります。マクロは虐待を行う加害者が今回の加害者だけではなく大勢いいるとして、その人たちが犯罪に至らないよう(予防)にするために社会としてシステムを見直す事をマクロのケアとなります。

「せやろがいおじさんはこれをモグラを叩いていてもモグラ叩きは永遠に続く。それよりモグラ叩きの電源を切れば良い」と言っています。詳しく書けばなぜモグラは繰り返し地上に現れるのか?地中の中で何が起こっているのか?モグラ一匹だけではなく同様の行動の出るモグラの共通項を見つけてそこへ介入すればモグラは地上に出てこないかもしれない、と考え行動することです。

外から見ていて日本は看護に限らず、このシステム的な改革が苦手だと思います。その根っこには、、、

以前上手くいっていたのだから、これは特異なケースとして大きな視野で事象を見ようとしない。
システムチェンジをするより個人のせいにしておけば安上がり(システムチェンジにはお金がかかります)。
同じ考え、同じ方向を向くことが大事と幼少時から徹底的に教え込まれる。よって出る杭は打たれ、汚点は切り捨て文化が根付いている。

報道も個人を責める内容一色。ヨーロッパの中世で公開処刑や魔女狩りをしていた頃にダブってしまうのは私だけでしょうか?

先進国では虐待と貧困の関係、世代から世代へ引き継がれる虐待など多くの研究論文があり、社会的政策が取られています。何故なら現代社会において虐待は個人の責任だけではないことが政策レベルで理解されているからです(もちろん国によりその差異はあります)。日本では貧困を個人の責任と考える方が特に多いと思います。しかしマクロのレンズを使うと今回の加害者の方は大きなシステムの被害者と言う図式もあるのです。そしてシステムを変えない限り虐待は続きます。

公開処刑は同じ事をすればこうなる、所謂見せしめで恐怖を与える事で犯罪を抑止させるやり方でした。権力者が庶民をコントロールするやり方でした。現代社会に生きる私たちはもっと進化していると思いませんか?権利があり投票権があり言論の自由があるのです。報道に踊らされ、学もないワイドショーのキャスターの言葉を鵜呑みにして疑問を抱かない。報道側の方々。もっとシステム的な話ができる専門家に意見を求めてくださいませ。そして虐待と貧困を社会的問題として取り組んでください。超少子化の日本にとって子供は宝です。もっと子供が育つ社会を作りましょうよ。



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