雨が上がり いいお天気に恵まれた昨日の日曜日
軽井沢では 軽井沢町の「 防災訓練 」 が実施され 想定は 活火山、浅間山の噴火予兆・・
何日か前と 開始直前にも 「 訓練 」 と 断りも繰り返されたけれど
訓練途中に
長倉地区の停電広報も 追加されたりして(これは どうもホンモノ・・)
事例が事例だけに 思い起こすことも多い
軽井沢町の浅間山の噴火を伝える歴史の中では 天明3年(1783)の噴火が記録にも話題にも知られている
当時 江戸時代で
中山道の宿場町だった 追分・沓掛・軽井沢宿 は
軽井沢宿が全焼してしまったものの 人的被害は早期の避難で僅かで済み
風向きの幸運もあって 追分、沓掛には 沢山の火山礫、降灰があったものの 悲惨な状況は免れたと伝わる
軽井沢から見れば浅間山の向こう側に位置する 群馬県側により甚大な被害をもたらしたと伝えられている
溶岩流、火砕流の噴出の影響で発生した土石流などで 山上の神社境内にたどり着いた村人だけが助かったと伝わる
当時の村の人口570名のうち、477名もの人命が失われた
近年になっても 専門家や大学などの研究は断続的に続いているようだけれど その 「 鎌原観音堂 」以外にも
当時の惨状、 火山災害の凄まじさを伝える遺産はあって
芦生田(現 嬬恋村芦生田)地区の 県道沿いには こんな 一瞬にして土石流に埋没した大木が発掘され
災害の歴史を物語っている
観光や散策の道すがら 足を止めて 当時のことにも思いを馳せてもらえるといいね・・