軽井沢ツウのみなさんは ダニエル・ノーマン(ノルマン)さん って 知ってますよね
1864年生まれのカナダ人宣教師さん
避暑地軽井沢の「 生みの親 」が A・C・ ショーさんならば
この ノーマンさんは 避暑地軽井沢の 「 育ての親 」とでも言えば 判りやすいかな ?
このあいだここで 軽井沢町の町長さんが周辺の市町村などで
「 あたかも軽井沢町にあるかのような表現で軽井沢町の名称を使わないでください 」と
お願いコメントを出したお話をしたけれど
軽井沢町内では
23時過ぎに明るいネオンなどの照明をつけっ放しにしたお店や
営業している飲食店やお店なんかは 無いことになっている
駅前なんかで 客引きをする人もいないはずだし
幹線通り沿いに 「 大安売り 」「 ネットで注目 」なんて 看板や旗の類も出ていない
こうした 保健休養地としての 品格を長年維持し続けている風土の 土台を築いたのが このノーマンさん
明治時代 避暑客と地元との調整などを目的として「軽井沢避暑団」(現 軽井沢会)の結成、運営に携わって
旧軽井沢で 今の観光名所になっている ユニオン・チャーチや 日本基督教団軽井沢教会の建設にも尽力し
結核療養所開設に奔走したことから 「 軽井沢の村長さん 」とも呼ばれたそうなんだ
ノーマンさんが その後も尽力したのが 「 禁酒運動や廃娼運動 」
当時の日本国内で 人の集まるところと言えばつきものだった 「 ノム ウツ カウ 」が反映しない風土、風潮が
育っていく 大きなきっかけになっているんだ
百数十年以上 軽井沢ではこうした風土を守り育てて来たのが 町境を超えたすぐお隣では
まずもって
営業時間からして自由・・
「 軽井沢 」って 言わないで って お願いしたくなる気持ちも ちょっとだけでも
判ってもらえるんじゃないかな・・