今年一年は「円安に翻弄された年だった」
会社創立以来「最も会社経営に危機感を感じた年だった」
廃業か継続か? 本当に悩んだ。 継続のためには
*外注費の値上げ
をせざるを得ない。強気の友人からの一言で決心した。
「値上げして取引をやめられるようなら、それだけの会社だったってことだ」
「この先も未来はないから廃業すればいい」
「でももし、相手の会社がこの会社を本当に必要としているならば、多少の価格交渉は入るだろうが
取引継続を望むだろうと!」
ふたを開けてみたら1社以外は「快く会社の状況を理解して頂き、値上げを承認してくれた」
そしてこの年末になり、「会社継続のもう一つの条件である業務の拡大」のために
急遽「業務拡大のためのダメ押し出張」に出かけた。
感触は悪くないが「業務拡大のためのもう一押し」はやはり「顔を突き合わしてのやり取りが必要」なのだ
体調も悪い中、ノイバイを60分のディレイで飛び立ち「今年一番の寒さの名古屋空港に30分遅れで到着した」
実質は3時間40分程度のフライト、しかも食事も出る。結局一睡もできず「最初の訪問へ」
成績は80点と言うところか? そして午後、寒風の中を2時間かけて「訪問」ここは今後の種まきと言う位置づけ、
そして夕方宿泊先の名古屋駅前ホテルへ。とにかく寒い「ベトナムに所有している一番暖かい恰好をしてきたが」
それでも寒かった。久々に旧友と楽しい夕食を共にし、早々にホテルに戻った。
唯一の楽しみは「ベトナムでは叶わない【入浴】である」・・・じっくりと「体がふやけるほどに入浴した」
その後は「疲れと、寒さと、昨夜の不眠」のおかげで、すぐに「夢の中へ入りこめた」
翌日、「新会社の一業種である【鉄骨・溶接系教育施設開設」の打ち合わせ、マックでメールチェックし
電車で名古屋最終の訪問先へ、会社設立以来「深い関係で業務をしてきたユーザ様だ」
来てよかった。「不人気業種故、人材は集まらず、来てもすぐにやめてしまう日本製造業の縮図」がそこにはあった。
今まではそれを「改善しようと頑張ったが」結果は出なく、その不足部分を「補う場所としてベトナム」を
選んでいただいた。来たかいがあった。
そんなわけで名古屋での仕事を終え、寒空の下、群馬の自宅に帰ってきた。とにかく寒かった。
そして今回の成果の具体化のために「日本での年末年始の休みはあきらめ、26日にベトナムに帰国する」
自己責任でない「円安による今年1年の損害」を何とかしのげる「会社体質」にできたのだろうか?
計算上は
*固定費の縮小
*外注費の値上げ
*業務の拡大
で現在の為替レートを凌げるようになったと思っているが?
今回の無理して行った「年末緊急ダメ押し出張」が有効であったと信じたい。
久しぶりの日本のオフィス(自宅の部屋)で雨に濡れたデッキを見ながら、そんなことを考えた。