今日6日は、広島市にアメリカによる原子爆弾の投下から63年を迎えました。午前8時15分、B29「エノラ・ゲイ」が投下した爆弾によって、約14万人の命が奪われました。その後も被爆を受けた死没者を含め258.310人となりました。苫小牧市の人口数をはるかに超える犠牲者の数です。そして、その3日後に長崎市に原子爆弾が投下されました。私は、過去4回原水爆禁止世界大会(広島大会2回、長崎大会2回)に参加していますが、28年前の広島大会に参加してから平和運動を取り組むきっかけとなりました。今から21年前に札幌市から転勤(勤医協)してから原水爆禁止苫小牧協議会(苫小牧原水協)に関わり、毎年のように世界大会に代表団を送り、『核兵器廃絶』・『被爆者援護法制定』などの運動に取り組んでいます。議員になって平和問題を何度もとりあげ、道内ではじめて「平和都市条例」が制定されました。今日の福田首相は記者会見の席上で北朝鮮の核問題にふれ、「同盟国(アメリカ)が核兵器を保有していることが核抑止力となっている」と核抑止論を振りかざし、「核兵器廃絶を実現したい」と被爆国政府の責任放棄の矛盾した発言をしていました。これでは、被爆国政府のこうした態度では核兵器廃絶は実現できません。
添付写真は3年前、長崎市で開催した2005年原水爆禁止世界大会に次男(当時中1)と一緒に代表団の一員として、爆心地周辺の「長崎原爆・遺構めぐり」に参加したとき『原爆ガワラ』を頂き、自宅に保管しているものです。今日のニュース番組でニューヨーク街で米国人による「核兵器廃絶」を訴えるデモ行進の映像が報道されていました。「核兵器も戦争もない、平和で公正な世界」を実現するため、「1発の核兵器のない」社会をつくることであり、全世界的な平和の連帯が必要です。
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