二日酔いを意味する英語の「はんぐおーば(a hangover)」
まあ“酔っ払い”の言うこと。by.NA-094
はんぐおーば
そもそも逮捕行為自体が…、ね。:自由権の侵害

2023年11月、
私人逮捕系ユーチューバー「煉◯コロアキ」こと、
「杉◯一明(40才)」が名誉毀損で逮捕された。
“転売行為の疑い”があるとして、
“友人との待ち合わせをしていた女性”を動画撮影して、
無許可で、SNS上へとアップしており。
被害女性を、4〜5人の仲間と共に、取り囲み、
(逃げられないようにして)動画撮影していたという。
しかも、この被害女性には、“転売行為”の事実などもなかった。
(“裏取り”もせず、ネット上に動画をさらしていたことになる。)

この「◯田一明(40才)」が名乗る「◯獄コロアキ」という名前も、
人気アニメ作品の登場人物にあやかったものなのは明白であり。
今年(2023年)4月、
この人物は、東京武蔵野市議選に無所属で立候補しているもの。
こんな“コスプレもどき”は、あっさり落選している。
本人が、正義の味方きどりだったのなら、あまりにもペラっちい話。
今週は、私人逮捕系と言われるYouTube上の番組、
ガッツch(チャンネル)で活動されていた人物も逮捕されてもおり。
社会がオカしくなっているようで、不安にもなる。

補足:
基本的人権の尊重
基本的人権とは、ひとが人間らしい健康、
幸福な生活を営むために必要不可欠とされる基本的な権利である。
不法に逮捕されない自由
逮捕の要件
第33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、
権限を有する司法官憲が発し、
且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第31条において一般的な法定手続きの原則が示されているが、
ここでは、特に刑事手続きにおける被疑者の逮捕の要件について
明らかにしている。
ここでいう「逮捕」とは、刑事手続きとして身体を拘束することをいい、
犯罪の容疑が相当確実である場合に、
実力をもってその身体を拘束する行為をいう。
「権限を有する司法官憲」とは、裁判所又は、裁判官のことを指し、
検察官や司法警察職員は含まれない。
これは捜査機関による被疑者などに対する身体の不当な拘束を
裁判官や裁判所によって加えられる抑制によって防ぐためのものである。
この規定を受けて、
刑事訴訟法第199条には、「裁判官が発する逮捕状」と規定する。
「令状」とは、刑事訴訟法における逮捕状のほか、
拘引状及び拘留状を含む。
刑事訴訟法上、逮捕状は逮捕権を行使するについての許可状とされ、
これに対して、拘引状及び拘留状は、
裁判所が捜査機関に対して出す命令書とされている。
逮捕については、原則として「令状主義」がとられており、
緊急逮捕として令状なくして逮捕し、
その直後に逮捕状を請求する場合は、通常逮捕の例外とはいえるが、
それでもなお、令状主義の範疇にはいる。
しかし、現行犯逮捕だけは令状主義の例外とされている。
「現行犯」には「準現行犯」も含まれ、
現行犯人は、何人でも逮捕状なくして逮捕することができる。
④.不法の抑留拘禁を受けない自由
抑留・拘禁の要件、不法拘禁に対する保障
第34条 何人も、理由を直ちに告げられ、
且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、
抑留又は拘禁されない。
又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、
要求があれば、その理由は、
直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法定で示されなければならない。
「抑留、拘禁」とは、いずれも本人の意志にもかかわらず、
一定の場所に身体の自由を拘束することである。
「抑留」とは、一時的な身体の拘束をいい、
「拘禁」とは、継続的な自由の拘束をいう。
本条に基づき、刑事訴訟法には、被告人又は被疑者は、
何時でも弁護人を選任できること、
また、司法警察員あるいは検察官が被疑者を逮捕したとき、
又は受け取ったときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を
選任することができる旨を告げる必要があることが規定されている。
したがって、現行犯人を逮捕した場合、
直ちに警察機関等へ犯人を引き渡さないときは、
これらの権利を侵害することになる。

蛇足:
「僕は、悪者と戦っている!・・・だから、正義だぁ!!」
・・・という短絡的で、子供じみた思考から、
他人に暴力をふるっても、心が痛まない人間は少なくもなく。
自分たちは、正しい理念(や意思、思想など)で活動しているのだから、
社会の規範に、しばられる必要はない…と、
思い違いしているものまでいる。
もちろん、多くの人は、世間というものを知っていくことで、
“理不尽な暴力”や“間違った行い”を正していこう。
“悪を倒そう”などと、簡単に言えるのは、
映画やテレビドラマだからであることにも気付いていく。
以前、別のカテゴリーでも記したけど。
時代劇「水戸黄門」には、“ニセの黄門様御一行”が出てくる逸話が、
毎シリーズごとにある。
ヒーローのニセモノが出てくるという、
荒唐無稽なエピソードは、時代劇だけでなく、
色々なドラマのシリーズ作品においても多く。
どれも楽しませてもらった記憶があるけど。
この水戸黄門のニセモノのエピソードは、
自分と同じ顔をしたニセモノが成りすますような非現実的なことではなく。
社会的な権威を振りかざし、横暴の限りを尽くして、
本来、信頼と信用のもとにあった権威が貶(おとし)めていく、
…というところが、現実とオーバーラップする。
だから、“正義”や“善”を為していこうと、本気で考えていたのなら、
まず勉強しようとなるのだけど、ね。
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