先月末、タイ南部パタニー県で地元の役場2カ所が放火され、建物とゴミ収集車・消防車1台ずつが
焼損する火事が発生。 警察は タイ深南部の分離独立を 目指すマレー系イスラム武装勢力による
犯行とみて捜査を 進めています。 軍政になっても相変わらず、この手の事件が止まりません。
昨年までの過去10年で、タイ深南部のテロ関連の死者が5,352人、負傷者が9,965人にも上り 死者の
宗教別の内訳は、仏教徒 2,259人・イスラム教徒 2,962人・その他131人となっており、宗教戦争と
言われる所以です。 テロの回数も大変な数となっています ・・・
2004年 601 回 2009年 757 回
2005年 1006 回 2010年 625 回
2006年 1249 回 2011年 680 回
2007年 1669 回 2012年 542 回
2008年 769 回 2013年 615 回
プラユット新政権が、いかに この南部問題を 鎮めるか 解決できるかも、大きく注目される所です。
昨年には、豪州と米国を 拠点とするシンクタンクである経済平和研究所が、158カ国の過去10年の
テロ事件の発生回数・死者数などから作成した 「世界テロ指数」 で、タイは8位という不名誉な報告を
されてしまいました。 タイ深南部のマレー系イスラム過激派とタイ治安当局の抗争が影響しています。
バンコク市で生活していると、よその国の出来事だろうと、つい錯覚を してしまいます。
ちなみに、1位から9位の順位は、イラク・ パキスタン・ アフガニスタン・ インド・ イエメン・ ソマリア・
ナイジェリア、そして タイ、9位はロシアでした。 ここにタイ国の名前があるって、信じられます?
タイ深南部 (ナラティワート県・ヤラー県・ナラティワート県の3県とソンクラー県の一部) は かつて、
イスラム教のパタニー王国が支配していましたが、112年前の1902年に タイに併合されました。
現在も住民の大半は、マレー語方言を 話すイスラム教徒で、タイ語を 話せない人も多いと聞きます。
タイ語、仏教が中心のタイでは、ここは異質なエリアで 行政と住民の意思疎通が不足し、インフラ整備・
保健衛生など、タイ国内で最低のレベルにとどまっている、と言われています ・・・
タイからの独立を 目指すイスラム教徒住民の武装闘争は、断続的に続き、タクシン政権が発足した
2001年から活発化しました。 警察派出所が襲われ一晩で警官十数人が殺害されるなど、2003年までに
数百人の死者が出ましたが、政府は 「山賊の仕業」 として、独立運動の存在を 認めていませんでした。
長くなりますので、明日に続きますネ ・・・
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1990年代までは、深南部問題は独立か?自治を与えるか?・・・・問題はありつつも、現在のような戦争状態ではなく、静かな争いでした。
しかし、、2001年、タクシンが首相になり、イスラム勢力に強権を発動し、パンドラの箱を開けてしまいました。
数千人が亡くなるという悲惨な状況になり、前途は真っ暗な状況です。
中東では「イスラム国」が猛威を奮い、イスラム運動は過激さを増すばかりです。
アメリカでさえ、手が出せない状況です。
タイの深南部問題は分離・独立以外に解決の道はないように感じています。
タイ南部のイスラムと中東のイスラムを 一緒にしていいのだろうか
ちょっと違うような気がするけど
誤解されないでくださいね。
一緒になんかしてませんよ。
現在のところは、両者には全く関係はないでしょう。
ただし、「イスラム国」が世界の若者(社会から落ちこぼれた若者)をリクルートして、イスラム教に改宗させて、勢力を拡大している状況下では、「イスラム国」がタイ深南部のイスラム勢力を支援する可能性がごくわずかでも有り得るかも?と懸念してるわけです。
タイ深南部の宗教紛争は現在の所、深南部に留まっていて、バンコクには飛び火していないため、深刻に受け止めていない方々が多いですが、タイ国の火薬庫であることは言を待ちません。