いつも応援しているO・サタヤ選手が、ホストとして参加する 「MIYATA CUP 」 に
行ってきました。 8日、ザ・ヴィンテージ クラブで行なわれ、今年で10 回目となります。
タイ人女子プロゴルファー、O・サタヤ選手のメインスポンサーである宮田スペース&クラフト社が
主催するコンペで、毎年 日タイの女子プロを 招いて同コンペを 開催しており、参加者の多くは
その取引先と、日本で個人的にサタヤ選手を 応援している方々です。 わざわざ来タイされた方も。
<10 回となった今年もヴィンテージ ゴルフで開催されました…>
今年は参加者77名、女子プロ11名、運営スタッフ14名の総勢102名で行なわれました。 タイで
ゴルフレッスンを している日本LPGA所属の宮田聖子プロ (宮田社長の妹さん) と、サタヤ選手の
キャディ 兼 マネージャーを 務める永井まことプロも、もちろん 参加しました。
宮田社長率いる宮田スペース&クラフト社は、建築設計と施工を 主業務とする総合建設会社です。
宮田さんが初めてタイへ来たのは、アジア通貨危機も落ち着き、タイ経済が上向きになりかけた
2001年4月でした。 自身の設計会社に本腰を 入れるため、日大の生産工学部・建築学科の教員を
退職した際、知人からバンコク市内にある店の内装を 依頼されたことがきっかけでした。
<工場で宮田智之社長 (左5人目) とスタッフら・・・>
タイで建築業を 起業するのも選択肢の一つとして、同年9月に同社を 立ち上げました。 当初は色々と
苦労されたようですが、現在では日本人10名、タイ人スタッフ40名を 抱えるまでに発展しました。
小回りが利き、日本人の設計と施工管理が評価され、日系大手企業から直接、新築工事も請け負う
までになったと聞いています。 宮田智之社長の人柄も大きく影響しているのでしょうネ。
サタヤ選手との出会いは2009年。 アジアバンコク大会のスポンサーとして、プロアマ戦で、一緒に
ラウンドした時でしたが、プロの中でも飛距離とアプローチの精度がすごい選手だと思ったそうです。
<同コンペでのサタヤ選手、ドライバーが260ヤード飛ばす・・・>
現在、宮田スペース&クラフト社の所属プロとして、タイでゴルフレッスンを されている宮田聖子
プロと共に、2010年からサタヤ選手を 支えています。 日本ツアーに参戦するには、日本LPGA
所属5年以上のプロ選手2人からの推薦と保証人2人が必要ですが、サタヤ選手が初めて日本で
参戦する際には、宮田聖子プロが力添えしました。 彼女の今の活躍は宮田ご兄妹と共にあります。
<全英リコー女子オープンの応援に駆けつけた宮田兄妹さん…>
サタヤ選手のLPGAのプロフィールなどの所属先は、「MIYATA SPACE AND CRAFT」 となっていますが、
日本ツアーで活躍すればするほど、胸につけている 「MIYATA SPACE AND CRAFT」 が、大きく見える
ようになるから不思議です。 今度 テレビ放映された時に 一度 見て下さいな。
昨年のサタヤ選手の戦績や今年の目標は ・・・ 長くなりますので明日に続きます。
「タイでゴルフ友達になりましょ」 のホームページです
タイ・ゴルフを何でもランキングで紹介する情報サイト
まず、女子プロが最初にTEEショットを打ち、次にゲスト(一般参加者)が打ちますが、女子プロの飛距離を超えないと100バーツの罰金だったとか?
ほとんどのグループで罰金支払い者が続出とか?
nagaichiさんは如何でしたか?
http://ameblo.jp/higemario/entry-11987602492.html
話は変わりますが、タイ人プロが日本で人気を得るための要素の一つとして名前があると思います。母国語の氏名は尊重されるべきではありますが、日本人にとって長すぎる名前、発音しにくい名前というのは、あるように思います。プラヤッド マークセンやトンチャイ チャイディーは覚えやすいですが、キラデク アピバーンラットやアティウィット チェンワッタナノンなどは苦労します。
サタヤ選手も、オナリン サタヤポンパットからO・サタヤに変えて、親しみやすくなり、快進撃と相まって人気が急上昇したのではないでしょうか?宮田さんのアドバイスかなと想像していますが、一度詳しい経緯とサタヤ選手の感想を聞いてみたいものです。
私も罰金を 支払った方です (苦笑)。
240ヤードは超えていましたから、罰金を 逃れた参加者は少なかったですね。
強くても オナリン・サタヤポンパットでは、まだ 馴染みがないかも知れません。
今年の活躍次第では、来年のコンペはショットガンでやれるかも、と宮田さんは言っていましたね。
125名の参加者がないとショットガンは出来ません。 もし そうなれば、タマさんも参加できますね。